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大学生と講師のシリーズ
ざらついた平穏(4年6月) 4

「またね、祥先生」

 歩き出した足音を追って振り返った早智子を咎めるように、松下は早智子の腕をつよく引き、研究室の中へと半ば引きずり込むような形になった。それでも目を離すことが出来なかった早智子を、彼女がふと振り返った。
 階段の降り口にさしかかっていた彼女が振り返ったことに、松下は気付いていないようだった。
 目に力のありそうなつよめのアイメイクと、つやつやと光るベージュのくちびるがよく似合っていた。特別な美しさのある顔ではないけれど、自分の顔に合うメイクをよく知っている美しさがあった。

(あ)

 自分を見ている早智子に気付いたのか、彼女と早智子との視線が絡んだ。一瞬足を止めた彼女は、不意に、唇を歪めた。

(……笑った……?)

 次の瞬間には彼女のかかとがかつん、と音をたてていた。もう、壁に阻まれ、彼女の姿は全く見えなくなっていた。
 ずきずきと、心臓が痛みを伴って鳴っている。早智子は大きくひとつ息を吐き出した。

(……あのこ)

 何の根拠もない、けれど確かな予感が胸をよぎる。

(あなたも、せんせいが、)
(すきなんだね)

 かつん、かつん、と足音は遠ざかる。廊下にも階段にも、どういう偶然なのか誰もいない。彼女の足音だけがずっと、響いていた。
 松下はそれを急いで遮るかのように、早智子の腕から手を離すと早智子の横をすり抜け、研究室のドアを閉めた。
 ドアの前の苛ついた背中はしばらく動くことはなかった。早智子もかける言葉が見つからない。

(好きなんだ)

 美しく手入れされた「おんなのこ」。早智子にはないものだ。早智子はそれを悲しいとは思わない。欲しいと思ったことも、ない。
 人並みの容姿を磨くでもなく、飾るでもなく、お金をかけるわけでもなく、ただ、何となく似合いそうなものを選ぶ。それで充分だと言う早智子に、もっと「おんなのこ」を楽しもうよ、枯れてるよ、と言う子達も確かにいた。あそこの服が、どこどこのバーゲンが、そんな話題で盛り上がり、彼氏の話で盛り上がり、毎日綺麗に化粧して手入れして。
 早智子はそれを自分が楽しもうと思ったことはない。服より本が欲しかったし、バーゲンの人混みも嫌いだ。そのうえ、好きな人のことをそんなに軽く口に出したりもできない。松下が先生だから、とかではなく、早智子の性質として。

(綺麗な、綺麗な、)

 けれど、そういうことが苦にならないであろう彼女を、早智子は少し、羨ましい、と、思う。



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