大学生と講師のシリーズ 二度目の春 4 「とにかく、病院と警察には従って。事情はわかりましたから、履修不可とは言いません」 はい、 「それから、事務に連絡しておきます。欠席の穴埋めをする手続きもあるでしょうから。それから、他の先生方にも」 そこまで松下は一気に言うと、早智子は少し黙ったあとに、はい、と答えた。 はい、お手数おかけして、すみません。 「気にする必要は、ありません」 ……はい、 「それから、怪我の具合を連絡してください。僕は今日、次の演習だけなので、三時を過ぎたら、研究室で連絡を待ちますから」 ……はい、必ず。 では、と、松下が言いかけるのとほぼ同時に、早智子が呟くように言った。 ……松下先生、 「はい」 わたし、先生の授業、まだ、休んだことなかったんです 「そうですね」 ……くやしい、 絞り出すような声で早智子が漏らした、わずかな本音に、松下は胸がざわついた。 くやしいです、わたし、 なぜ、と、問うことは出来なかった。ただ、黙ったまま、松下は続きを待った。 わたしがいちばん会いたいのに、いちばん、ききたいのに、 静かな、静かな、声だった。 いっそ乱れているなら、気が動転しているんだよとでも言ってしまえたのに、と松下は思う。泣いている気配もない。あまりに静かで、あまりに切実で、茶化すことも誤魔化すことも躊躇われた。 「……いつでも、話します。きみのためだけでも」 松下はそっと、告げる。早智子は返事をしなかった。 松下はプロだから、今日の講義で手を抜いたりはしない。それでも、彼女のためにそれをもう一度話すことならば、可能だ。 「だから、無理をするべきでは、ありません」 ……はい、 小さな小さな声でなされた返事は、少しだけ涙の気配がした。 揺らいだ声に、短い返事にしかならないその言葉に、織り交ぜられた甘えの響きが、松下の気持ちをも揺らがせた。 「ほんとうに、いつでも、会いにきて」 口をついて出た言葉に、今更取り消しは効かない。 「待っていますから、ずっと」 もうすぐ、午後の授業が始まる。松下は黙ったままの早智子に、怪我の様子を連絡するように念を押すと、電話を切った。 カップにうつしたコーヒーの残りを飲み干すと、研究室を出る。 早智子のいない教室へと。 20090501 早智子が授業をとるかとらないかで動揺しちゃう松下は、先生としてどうなんだろう…(笑) でもまあ、人間だし、授業に手を抜くわけじゃないし、いいとしよう…。 あ、全然どーでもいいぷち情報、 私も大学時代、後期の初日に原付で巻き込み食らって救急車で運ばれました。私は学校休めてラッキー!って思うタイプだったけど。 [*前へ] |