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大学生と講師のシリーズ
二度目の春 1

 今年初めの授業は、奇しくも早智子が受けるかもしれない、演習の授業だった。
 松下の専門は近、現代だ。
 上代、中古、中世、近世、近現代、それから、中国文学。
 それらの演習が同じ時間に居並び、学生たちは、それぞれ自分の卒論テーマを模索しはじめる。興味のある時代、作品、もしくは先生、もしくはテストや発表の楽さなどで、自分のうける授業を決めていく。
 二年になってから、松下はまだ早智子に会っていない。学校が始まって二日目なのだから、当然といえば当然なのだが、何となく、早智子が研究室に挨拶に来るような気がしていた松下は、意気消沈、とまでは言わないが、多少、つまらない気持ちにはなっていた。

(来年も、って、)
(言っていたのに、)

 来年も、というのは授業のことだろうとは思う。わざわざ、試験結果が出たその日に研究室に挨拶に来た早智子を思い出しながら、松下はそう思う。
 別に、選択授業をとるのに、事前の挨拶が必要なわけでもない。その演習が希望者多数で、何人か受講を断ることになったとしても、教える側の希望で生徒を選べるわけではない。もっとも、松下の授業で「希望者多数」は、有り得なかったが。
 火曜の午前中、松下は授業がない。午後一の演習が、松下の最初の授業だった。太宰治を作者論、人生論でなく、テキストとして読もう、と呼びかけた概要に、何人が食いつくか。
 授業の準備は既に出来ている。
 午前11時半に近付いた時計を見て、松下は財布を手に取った。12時を過ぎると、食堂も購買部も混雑する。その前に、食べるものを手に入れておきたかった。

(……来ないかも、しれないな)

 食堂へと向かって階段を降りているうちに、松下はぼんやりとその可能性を考え出していた。
 別に、彼女一人のために授業をするわけではない。彼女が来なくても授業は丁寧にするし、松下の日常は何も変わらない。ただ少し、狙った獲物に逃げられた猫のように、つまらない、と思うだけのことだ。
 彼女は一年時の成績もよかった。四年の卒論を誰のところで書くか、が、教員たちの間で、既に話題になりはじめている。他の先生方が、今から勧誘をはじめていることも考えられた。
 会うときには廊下ででも食堂ででも簡単に会うのに、こんな時には偶然すらない。松下はただ黙々と、食事を済ませた。


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