大学生と講師のシリーズ
たくさんの棘(4年11月) 1
美加の車は、いつもより煙草のにおいが強かった。美加自身が、時々吸うのかもしれない。たとえば、今日みたいな、割り切れない気持ちがあるときとか……。早智子は、そんなことを思いながら、その車に乗り込んだ。
ねえ、今日はバイト休んでよ。美加の願いを、早智子は受け入れた。バイト先に電話をし、真山にメールをし、そして、美加の車で拾われた。
「……いつから黙ってたの」
美加の声は、とげとげしい。
当たり前のことだった。
ごめんね、と、受け流すこともできずに、早智子は黙ったままでいた。
「どうして、黙ってたの」
早智子の沈黙など意に介さないと言いたげに、どんどん次の質問を美加が投げる。
「他の誰かには喋ってたでしょ? 私じゃ駄目だったわけ?」
容赦なく。
早智子は、ゆっくりと口を開く。
「どこかで、落ち着いてから、話したい。……それじゃ駄目?」
美加が、ため息をつく。
早智子も、小さく息をつく。
虫のいいことを言っているなと言う自覚は早智子にもあった。けれど、バイトを休んだだけの時間がこれからある。きちんと、ゆっくりと、話をしたかった。さらりと撫でるだけじゃなくて。そして、そうするためには自分の中に、覚悟と、整理が必要だった。
もう一度、美加が深く息をついた。
「……煙草吸っていい?」
「どうぞ」
美加が、運転席のウィンドウを下げる。助手席の前の小さな整理ボックスを開けて、煙草を取り出し、火をつけた。
繰り返される深呼吸のような音を、早智子は窓の外を見ながら聞いていた。匂いはそれほど気にならなかった。
灰皿が引き出される音、呼吸音。
そして、灰皿が戻される音がした。
窓の外の街路樹が、黄色く、ともすれば茶色く、淋しい色を晒していた。
「……わかった、一時休戦。泊まってくでしょ。飲もうよ」
一時休戦、といいながら、まだ、納得はしきれていないのだろう声が、運転席から投げられる。早智子は向き直って答える。
「ありがとう。……実を言うと、なんて話していいのか、まだ、わかってないの」
ふん、と、美加が鼻を鳴らした。車は、無言のうちにスーパーに停まった。スーパーの中でもどちらも無言のまま、それでも互いの好きなものをばさばさとかごに入れ、割り勘にし、車に乗り直した。
美加の家まで、あと、七分。
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