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大学生と講師のシリーズ
微睡のあと 4

 松下は、一瞬耳を疑った。聞き返すよりも早く、早智子が話し出す。

「赤ちゃんて、大人が部屋を出ていくと気付いて泣いたりするって、言うでしょう」

 ふふ、と小さく笑いながら、ひどく嬉しそうに、早智子は話した。

「ちゃんと寝てるのに、気付いて泣くって、すごく……すごく、皮膚とか感覚が優れてるんだなあ、って、感動したことがあって」
「ああ……」
「似てるなあ、って思ったんです。でも先生が赤ちゃんって想像したら、笑えてきてしまって」

 ごめんなさい、と早智子は頭を下げた。そして、すっと伸びた右手が、松下の着ている上着に触れた。

「いとくず、ついてます」
「あ……ありがとうございます、」
「いいえ」

 くす、と小さく笑いながら、そのいとくずを、早智子は自分の鞄の外、小さなポケットにきゅっと押し込んだ。
 ぽいとそのへんに捨てれば飛んでなくなるだろうそれを、生真面目にポケットに入れた彼女を、松下は確かに好きだと思う。

「本当はね、先生、……そんなはず、ないのに、期待してしまう自分が、おかしくて、笑っちゃうんです」
「期待、ですか?」
「……先生が、赤ちゃんみたいに切実に、」

 早智子は少し、俯いた。

「私を求めたら、いいのに、って……」

 それから、早智子はすぐに顔を上げた。早智子はふわりと笑う。

(抱きしめたいな)

 松下は、思う。
 あたたかそうな、やわらかそうな、からだが、そこにある。
 すぐ目の前に。

(……せめて研究室ならな……)

 とは言え、さすがに自分が講師をしている大学の廊下でそれが出来るほど、松下の倫理観は乱れていない。
 早智子も多分、そういう意味では期待をしていない。曖昧に微笑んでから小さく礼をすると、

「学校前のバス、まだあるでしょうか」

 そんなことを口にして、スカートを翻しながら踵を返す。
 早智子は、曖昧に長引かされていくこの恋を、どんな気持ちでしているのだろう、と松下は思う。歩み始める早智子に付き合いながら、二人は今までとはまるで関係ない話題で語り合う。

(曖昧にしか、できなくて)
(でも、)
(いつも、いつまでも)
(恋しくて)

 いつでもその隣を歩いてやりたいと、誰にも渡さないと、思う気持ちだけがそこにあった。


20090508
ついに四年生、です。
とはいえ、まだ過去もばらばら残っていますので、先に進みつつ、昔も書きつつ、やっていきます。
読みにくい更新ですみません…。



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