[携帯モード] [URL送信]

大学生と講師のシリーズ
微睡のあと 3

「これ、三浦さんの、でしょう」
「ああ……、わざわざ、すみません」

 松下が差し出したショールを受け取ると、早智子は微笑み、肩にかけた。寒がりだ、という彼女は、五月も中旬になった今も、ショールを羽織って講義を受けていることが多かった。暑くなりはじめて、冷房が使われるようになり、その冷房が寒い、と言う。

「……寝てしまって、すみません」
「いいえ、私は、気にしてないです。むしろ、嬉しかったくらいです」
「……、すみません、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます。たっぷり、堪能しました。先生の寝顔も、本棚も」

 白い膝丈のスカートに、濃い赤色のショールがかかって、そのコントラストが美しい、と、松下は思う。

「静かに部屋を出たつもりだったんですけど、起こしてしまったみたいで……、すみません」

 早智子はそう言うと、軽く会釈した。いつもはアップにされている髪が今日はおろされていて、いつもより早智子の表情が読みとりにくかった。

「いえ、あなたが部屋を出て行ったら、急に、部屋の温度が、下がった気がしたんです」

 松下は、静かに伝えようとした。早智子の表情は読めない。

「三浦さんの気配が、消えたら……」

 けれど、じんわりと、視線を感じる。そこだけが、あたたかだった。

「淋しかったんです」

 早智子の瞳は、暗さと髪と、早智子が俯いているせいとで見えなかったが、松下はそれでもまっすぐに早智子を見て、声に出した。

「……、先生、」

 松下を呼んだ早智子の声は微かに震え、けれど楽しそうな響きだった。肩が少し揺れ、それから、ついに、微かな笑い声が漏れた。

「……笑うところかな……」

 松下は少し、うなだれる。割に真剣な口説き文句に近いはずの科白だったはずなのに、と、似合わないことをした自分が恥ずかしくなった。
 けれどこういう、少しハズしてくれるところが気に入っているのだから、始末におえないのだが。

「あっ、ごめんなさい、でも、」

 早智子は慌てて付け足す。けれど、まだ笑っていた。松下は少し憮然とした態度で聞き返す。

「でも?」
「あの、怒らないで聞いてくださいね?」
「怒ったりしません、大人ですから」
「……あの、赤ちゃんみたいだなって、思って……」


[*前へ][次へ#]

3/4ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!