大学生と講師のシリーズ
微睡のあと 2
ぱたん、と、研究室のドアが閉まったのを、松下は朧気に聞いた。
なぜか急に、部屋の温度が下がったような気がした。空気が冷たく、淋しい感じがして、松下は起き上がった。
まだ夕暮れの朱色の光だったはずの外は、もう、藍色の空になっていた。
(寝てたのか……)
ふと、濃い赤色のショールが肩からかかっているのに気付く。柔らかい肌触りで、あたたかいそれに、松下は見覚えがあった。
「……、三浦さん?」
静かな声で呼び掛けてはみたけれど、返事はない。
机の上にあったはずのスタンドライトが、本棚付近に移動していた。電気は既に消されていたけれど、その下に椅子とコーヒーカップが残されていた。多分、ここにいたのだろうな、と、松下は考えていた。まだ、ぼんやりと。
けれど、部屋の温度が急に下がった理由を、松下は突然理解した。寝起きでまわらない頭だったけれど、先刻閉まったドアの音が、多分、早智子が部屋から出て行った音だったのだろうということだけは、すぐにわかった。
松下は慌てて立ち上がると、肩のショールを掴んで、部屋を出た。
あたりはほとんど暗くなっている。廊下や階段の電気もほとんどついていない。廊下の奥に設置されている自動販売機が明るい光を放つものの、校内が明るいとは言えなかった。
かつん、かつん、と、早智子が好んで履いているパンプスに似た足音が、階下から響いている。早智子は綺麗にかかとから地につける歩き方をするため、人よりも綺麗に音がする。そして、女性にしては早足だった。
とは言え、はっきりとした確信があったわけではなかったが、松下は慌てて追いかけた。履き古した革靴が、床にこすれて、きゅっと鳴いた。
すると、階下の足音が、かつ、と余韻を残すようにして、立ち止まった。そして、声がした。
「……、松下先生?」
それは、柔らかで、艶やかなアルト。初めてその声を聞いた時から、松下はこの声を聞き間違えたことはなかった。
「すみません三浦さん、今、行きます」
「はい」
一階分の階段を降りるより前に、早智子は立っていた。薄暗い校内で、彼女の着ている白いスカートがぼんやりと目立った。
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