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大学生と講師のシリーズ
微睡のあと 1

 せんせい、まつしたせんせい、と、自分を呼んでいる声が、何となく朧気に聞こえている。
 聞き慣れた、心地よい声の響きには、焦りや怒りや苛つきが感じられなかった。そんな直感に甘えて、松下は返事も、振り向くことさえしないままでいた。
 しばらく部屋の入り口で様子見してから、はいりまーす、とささやかな宣言の声。松下はそれにも、何のアクションも返さなかった。
 わざと無視している、というわけでは、ない。結果的にそうなってはいるけれど、この時点では松下は、耳には聞こえていても、認識は出来ていない。ただ、聞こえているだけ。
 集中していたり、うたた寝したりしていると、集中しているのだけれど、寝ているのだけれど、その他の感覚が鋭くなるときがたまに、ある。
 ああノックだ、この声はあの子だ、コーヒーを淹れる音だ、本のページをめくる音ーー、静かなのだけれど、人の呼吸している音が、気配が、する。
 それが集中を妨げるか妨げないかは、相手次第ではある。最も、誰が相手でも、全く何も聞こえない時も、あるのだけれど。

 今、この部屋に入ってきたのが誰なのか、松下は全身の神経で何となくわかる。声、足音、匂い、空気ーー、そういうものが、松下の全身にさわさわと触れて、そこにいる人物を知らせる。

(……三浦、早智子)

 体は、言うことを聞かない。睡魔と、目覚めている感覚とが矛盾しながら、けれど、夢現な松下はひどく気持ちのいい世界にいた。
 ふわりと背中に暖かいものが触れる。
 それが気持ちいい世界を更に助け、睡魔への思いやりになり、松下は、そのまま、閉じた瞳を開かず、ゆらゆらとうたた寝の波の上をたゆたっていた。
 早智子の気配が、部屋の中をあちらこちらへと動くのを感じながら、ゆらゆら、ゆらゆらと、たゆたう。それはひどく贅沢だと、松下は朧気に思う。

 コーヒーポットの湯気の音、気配。
 早智子の気配、足音。
 本のページがめくられる音。
 窓から入る光が、少しずつ赤らんで、そして、少しずつ暗くなっていく。
 全てが、松下にとって居心地がよい空間を作り出していた。
 ゆらゆらと、ゆらゆらと、少しずつ、松下の意識は沈んで行った。

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