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大学生と講師のシリーズ


 ええそんな人だと言うことはよく存じてます、と、早智子は言ってやりたかった。片山の苦い表情は、多分松下のことを蔑む感情が少なからずあることを示していた。彼が、迷惑な客に対して、見下したような接し方をするときの顔だと、早智子は知っていたから。
 結局、早智子は曖昧に微笑み、うちの学校の先生なんですよ、とだけ、小さく告げた。

「ああ……、そう」

 戸惑った口調で返答した片山に、早智子はまた曖昧に微笑んだまま、次の言葉を続けた。

「もし、着替えてもまだ先生が残っていたら、私が連れ出しますから」
「うん、頼む」
「お疲れ様でした」
「お疲れ」

 片山はまだ困ったように笑っていたが、早智子はそれには応えることなく、更衣室へのドアを静かに閉めた。

 残っていたら。
 そんな仮定を口にしたことが笑い話になりそうな位に、早智子はかなり素早く着替えを済ませた。
 黒い革靴、肌色のストッキング、白いブラウスに黒いスカート、それから、黒いベスト。全てを店が提供する、きっちりとした制服があるこの店では、アルバイトにもきちんとロッカーが提供される。脱いだ制服をロッカーの中のハンガーにかけ、早智子はいつも通りの早智子になる。今日は、長袖の、青い細かい花柄のワンピースに、白い薄手のカーディガン、そして、赤い、靴。まとめていた髪をおろすと、くるくるとはねていたが、シュシュで軽く束ねるだけにした。

(先生、)
(まだいてね)

 学校帰りの重い鞄を右肩にかけ、早智子は早足に通用口から店へと早足に進む。
 奥の喫煙席に視線をやると、松下はまだひとりで座っていた。目の前の彼女が姿を消していることに気づいているのかどうかすら怪しい、と早智子は考える。
 あまりに険しい眉間の皺と、神経質にテーブルを叩く右手の指先。彼もまた、苛ついている。
 テーブルの上には、彼女が吸ったらしい煙草の残骸が載った灰皿と、どうやら手が付けられていないらしいカフェモカが置かれていた。彼女の方の食器は、既に片山によって片付けられていたようだった。

 彼女が座っていたであろう席に、早智子はそっと座ってみる。しばらくの間、松下の顔を見つめた後で、早智子はカウンターに行き、片山にエスプレッソを頼んだ。
 ラストオーダーは過ぎている。片山は少し嫌そうな顔をしたものの、自分用に淹れていたエスプレッソを先に譲り、早智子に渡した。



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