大学生と講師のシリーズ 2 それでも早智子は、笑顔で言い切った。 「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」 松下は全くこちらを見ない。一緒にいる女は慣れた風に二人分コーヒーを注文する。明るい茶色のボブカットで、綺麗な綺麗なオレンジのマニキュアが印象的だった。 会計を済ませるまでの間も、松下は完全に上の空で、早智子には気付いていないようだった。会計が済ませ、女が先に立って喫煙席へと移動すると、なんとかつられるように彼も歩いて行った。 (……彼女、なのかな) 早智子は、それよりも松下が自分を全く見なかったことの方が、空しかった。気付いて、少しでも気まずい顔でもされれば、明日には面白おかしくからかえるのに。 どう見ても上の空な松下に、彼女は動じてはいなかった。けれど、苛ついているように見えた。だから、早智子は二人が気になって仕方がなかった。 (先生、) 客をじろじろ見つめるわけにはいかない。早智子はじっとそこにとどまり、文庫本を開く。ちっとも頭に入らないその文章を、それでも必死で目で追い、奥の禁煙席の二人の存在を忘れようとした。 けれど…、 (先生、) (誰といても、) (自分のことだけに、なれるの) 早智子は松下に心中で問い掛けてしまっていた。 (それとも、) (その人とは、) (平気なの) (その人だから、) (特別、だからーー?) それでも、早智子は本から目を離すことをしなかった。 閉店まではあと一時間、ラストオーダーまではあと三十分。早智子はその時点で他の人達よりも先にバイトあがりになる。この時間のアルバイトは早智子ともう一人男子学生がいるだけで、他はみな従業員だ。早智子には悲しいかな、残ってもやれる仕事がないのだ。 あと三十分。 いつもなら終わりの近いこの時間は早智子の好きな時間だった。来客もほとんどなく、店内も常連さんがちらほらいるだけで、にぎやかしいお喋りの声もない。それでも、人のいる気配がして、空気が何故か暖かく感じる。 その空気の中で本を読むのが好きだった。 けれど肝心の本の中味は頭に入ってこない。静かな店内に響く、少し甲高い、ここでは聞き慣れない女の声が、松下の連れていた女の声だと推測出来てしまうことが、早智子には苦痛だった。 [*前へ][次へ#] |