[携帯モード] [URL送信]

大学生と講師のシリーズ


 自動ドアの開く音に、早智子は反射的に笑顔をつくる。いらっしゃいませ、とレジ前に立った客に語りかけること、注文をとって会計をし、コーヒーを淹れる人、軽食の準備をする人に注文を間違えずに伝えること、それがここでの早智子の仕事だ。

「いらっしゃいませ、こちらでお召し上がりですか?」

 早智子は慣れた口調で客に語りかける。夜のコーヒーショップは常連客が割と多い。見慣れた顔に、早智子は頭の中で彼が注文するだろうメニューを思う。

(エスプレッソダブルに、ブルーベリーのベーグル)

 早智子の想像通りに注文されたメニューを彼は頼み、笑顔でお金を受け取り、お釣りを返す。
 つくる側の担当者にはりあげた声でメニューを伝える。
 スムーズにそこまでの作業を終えると、早智子はひとつ息をつく。つくる側を手伝うことができない早智子は、また次の客が来るのを待つのだ。
 カウンターや客席の掃除、冷蔵庫の中の整理整頓、ゴミの片付け、食器洗い、細々と動き回ってする仕事も今は既に終えている。夜遅い時間のコーヒーショップの仕事は、忙しさよりも暇と眠気との戦いだ。
 皆それぞれに手持ち無沙汰な時間をつぶす方法を用意しているのが常で、カウンターの下には、そのためにあるとしか思えない小さなキッチンワゴンが置かれている。自分たちの名前つきカップに注がれたコーヒーや、持ち込まれた文庫本やマンガ、雑誌が置かれ、客に見つからないようにこそこそと楽しむ。私語はあまり好まれないので、その上で筆談をするものもいた。
 早智子は専ら文庫本で小説ばかり読んでいる。マンガを読むのも好きだが、早智子は一冊十五分ほどで読み終えてしまう。勤務時間に必要な冊数を持ち込むわけにはいかない。もとより本好きが高じて入った文学部だったし、早智子はそれが楽しかった。
 自動ドアの音がする。早智子はまた、反射的に笑顔をつくるーー、が、それは失敗に終わった。

 そこには学校で見慣れた顔があった。しかも、女連れで。



[次へ#]

1/6ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!