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大学生と講師のシリーズ
午後、バスの中で(4年9月) 1

 昼食を軽く終えたあとになっても、松下は中村と共にいた。

「中村さん」

 土産物屋の店先にある小さな人形に目を奪われているらしい中村の背中に、松下は声をかける。振り向いた中村ははーいと間延びした返事をして、すぐに松下の隣に並んだ。
 迎えにいった直後には真っ青だった顔色も、銀行のカードやら携帯電話やらを全てとめ、携帯電話の代替機までうけとった頃になって、少しずつ回復しはじめ、今では普段とあまり変わらない状態になっていた。
 彼女の携帯電話のアドレス帳は当然の事ながら空っぽで、結局こちらから連絡をとることはできない。半ば合流することはあきらめかけていたが、松下はホテルで彼女達の連絡先を聞いておかなかったことを後悔していた。

「次はどこでした?」
「ええと、」

 中村は小さな手帳を開いて行き先を口にする。松下は小さく頷き、中村の示す通りにバスに乗った。
 バスの中は適度に空いてはいたが、中村と松下の座席は離れた。降りるときに声、かけますね、と言って笑った中村に謝意を述べた後で、松下は一人がけの座席にすわった。
 彼女との二人旅は松下が危惧していたものよりずっと平穏だった。行程にしても行き先の由来にしても丁寧に調べてある様子はよく伝わってくる。そして何より、彼女は何も言わなかった。当たり障りのない会話と、旅の行程以外の話を、彼女はしなかった。驚くべきことに。そのことにかえって落ち着かない気分にさせられて、松下は静かに苦笑する。
 胸ポケットでふるふると電話が震える。見覚えのない番号だ。けれどおそらく学生の誰かなのだろう、とは思った。トラブルでないことを祈りながら、松下はバスの中であるということを気にしながらも通話ボタンを押した。

「――はい、松下です」
 センセイ、今どこ?

 こちらが名乗るのを待ちきれないような早急さで耳に届いた声には聞き覚えがある。松下は深く息をついてから、その声に答えた。

「どうかしましたか」
 しないです、でもちょっと確認したいことがあるんですけど、いいですか? 手短にするんで
「どうぞ」
 センセイ中村さんと一緒にいるの?

 その声は、お世辞にも優しいとは言えない、厳しい声だった。松下は否定も肯定も咄嗟に返せずに黙った。電話の向こうでため息が聞こえた。

 まだ一緒にいたんですね



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