大学生と講師のシリーズ
もうひとつの旅の始まり 3
「何時着ですか?」
え、あ……、あの、わかりません
受け答えをしながら、松下の頭の中は忙しく動き出す。
車掌、警察、迎え、ホテルの指示……、
「今はどこです?」
中村は、あと三十分ほどかかりそうな駅名を通過したことを口にする。ホテルは目前に迫っていた。
「まずは、車掌に被害を訴えて。新幹線を降りたら駅内の交番でも被害届の提出を」
えっ……、あ、……ハイ
彼女の声が歯切れ悪くなったことには気付いたが、それを気にする余裕がなかった。
タクシーがとまる。集合時間ぎりぎりの駆け込みになりそうだ。松下は電話の向こうの中村に慌ただしく声をかける。
「ホテルに寄ったあとで、南口に迎えに行きます。わかりやすい場所にいてください」
はい、あの、
「では、すみませんがあとで」
あっ……はい
それ以上の返事を待たずに、松下は電話をぱちりとたたむ。運転手にこのまま待っていてくれるように頼むと、快く了解の返事があった。
松下は降車し、ホテルへと早足で入る。降車した瞬間の熱が、自動ドアをくぐった途端、またすぐにさがる。目眩がしそうだった。
開いたドアに、さっと視線が集中するのがわかった。松下は視線を泳がせる。早智子は簡単に見つかった。そして、その隣に立つ美加も。
ふと交わされた視線。
安堵したように微笑んだ唇に、松下も思わず口元を緩めた。
けれどすぐにそれをおさめなければならない。松下は美加と早智子を呼んだ。
「三浦さんか佐伯さん、ちょっといい?」
美加と早智子が顔を見合わせる。美加がはい、と応えた。
早智子の瞳が急に色を失うのを、松下は確かに見た気がした。
(……気付いたか)
ふるりと首を横に振った早智子に、松下はそんな風に思う。
早智子は何事にも聡い。それは彼女の美点でもあるが、その分優しさにさえ騙されることもできない。その聡さを、松下は初めてかわいそうだ、と思った。
美加がふと息をついて立ち上がる。
「今行きます」
その声は、いつもの美加のものより、幾分か低かった。松下も小さく息をつく。もう一度早智子を見たけれど、彼女は顔を上げなかった。仕方なくそのままフロントへ向かって歩き出す。
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