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大学生と講師のシリーズ
もうひとつの旅の始まり 2

 頭の中の印象よりも、やわらかく幼いそれに、松下も幾分か安堵していた。

「あとはレポートの出来と、残りの行程で評価を」
 はーい。じゃあ、行きます
「はい」

 じゃ、と、気安い中村の声で通話は途切れた。松下は深く息をつく。てのひらが少し汗ばんでいる。どうやら少し、緊張していたようだ。

(そうまで警戒する必要はなかったか……)

 中村に幾分かの罪悪感を感じて、苦く笑んだ。松下は携帯電話をポケットにしまった。
 中村は授業の成績は悪くない。遅刻分をマイナスしても、不可になることはないだろう。そんなことを思いながら、松下は眩しい陽光から逃げるかのように、瞳を閉じた。


 そうして始まった旅は、二度目の電話で風向きが変わった。
 ホテルまではあとわずかの距離、うたた寝から呼び戻すタイミングでもたらされたそれは、公衆電話からの着信だった。

「はい、――松下です」

 幾分か頭がぼうっとしていたことは確かだった。自分の声がひどく舌足らずに聞こえた恥ずかしさで、松下はやっと覚醒した。
 電話の向こうはそれを見透かして待つかのように、無言だった。

「もしもし?」

 訝しげに呼びかける声に、先生、と、応えた声はやはり聞き覚えのある声だった。

「……中村さん?」

 けれど、ひどく弱く、か細かった。聞き間違いかと、一度疑うほど。

「どうか、しましたか」

 涙の気配はしなかったが、声が震える気配はした。新幹線の揺れる音のせいで、うまくは聞き取れない。松下は最大限に優しい声でそう尋ねた。

 ――かばんが、

 そう、小さく、声がした。松下は続きを待つ。

 居眠りして目が覚めたら、手持ちの鞄が、なくなってて……

 中村の声は、しっかりしてはいたが、小さかった。

 しおりと着替えは、旅行鞄に入ってて……、だから手元にあるんですけど、手持ちの……、手持ちの、財布と電話の入った鞄が――

 途方に暮れている、その表現が一番しっくりくるような、弱い声だった。こちらまで緊張しそうになって、松下は息をつく。

「状況はわかりました、それで、切符は?」
 あ、――あの、あります、ポケットに入れてて……
「そう……じゃあとりあえず、新幹線は降りられますね」

 中村からは明確な返事がなかった。松下は腕時計を見る。そろそろ学生たちが集まり始める時間だった。



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