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大学生と講師のシリーズ
旅の始まり(4年9月) 3

 ふるりと首を横に振った早智子を見て、美加は嘆息した後にすいと立ち上がった。

「今行きます」

 歩き去る美加と、彼女を伴ってフロントへと進む松下の背を見ながら、早智子はまたひとつ、大きく息をつく。心臓の音が、やけに大きい。けれどそれを誰にも悟られたくはなかった。
 深く息を吐く。

(中村さんは、どうして)

 頭をよぎる、綺麗な顔。

(どうして、ここに、いないの)

 いやでも思い出してしまう。考えたくないのに。
 早智子はゆっくりと、目を伏せた。
 濃い赤のペディキュアが光る。

「早智子!」

 美加の声がロビーに響く。はっとして顔を上げると、松下の背中と、美加の顔とが並んで見えた。
 ざわざわと賑やかな声が一瞬、静かになった。手招きされるがままに立ち上がり、フロントに足をすすめる。途中、後輩達の群れに、荷物頼んでいいかしら、と声をかけると、三人が、するりと今まで早智子が座っていたソファへと移動した。
 かたい床にかつりと早智子の靴音が響く。松下がちらりとこっちを見、けれどすぐに、視線は外れた。

「ちょっと代理で、事務処理してくるから」

 そう口にした美加は、早智子ですら一瞬腰が引けるほど不機嫌だった。

「詳しいことはあとで話す。とりあえず声だけでも聞いといたら?」

 ひょいと肩越しに、美加は親指で松下を指差す。早智子はおそるおそる、うん、と答えた。

(……一緒に、いられない、んだ……)

 美加の言葉で、それだけがすとんと理解できた。
 ひとつ息をついてから、早智子はそっと足を進める。

「――せんせい?」

 吐き出した声は、かすかに震えていた。美加が二人から離れた。

「……早智子さん?」

 松下の声が耳に届く。その声は、普段より幾分低く、ぼやけて聞こえた。

「……、すみません」
「……先生、」

 松下が静かに、告げる。早智子は精一杯の作り笑顔で笑いかけた。

「だいじょうぶ、ですよ」

 自分でも、ぎこちないと、わかった。案の定、困ったように松下が笑った。それでも、どうすることもできずに、松下は小さく、ただ、小さく告げた。

「ごめん、――嫌な思いを、させている」

 髪を撫でることも、手をつなぐことも、できないから。
 愛おしい、と、伝えることも。

「だいじょうぶ、ですよ」



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