大学生と講師のシリーズ 4 すい、と松下の視線が外れ、松下はこともなげに、付け足した。 「いい論文、書いてくれそうだから」 早智子はひとつため息をそっとついた。 (そりゃ、そうだ) この研究オタクがそんな科白をさらっと言っちゃうこと自体、恋愛関連じゃないと明言しているようなものだ。早智子にもそれはよくわかっていた。 「じゃあ、来年はいっそう、よろしくお願いします、松下先生」 「こちらこそ」 この鈍感め、と思いながらも、早智子は笑った。 皿の中のガトーショコラはもうない。松下の甘いもの好きは本当らしかった。早智子は少し安堵し、コーヒーを飲み干すと、席を立った。 「じゃあ先生、差し入れに寄っただけなので、帰ります」 「うん、構わなくてごめんね」 「期待して、ないですから」 「手厳しいなぁ」 早智子はくすと笑うと、本棚から二冊本を取り出した。 「先生、これ、借りていきます」 「うん」 「じゃあ、また」 「うん」 松下の目は、既にパソコンの画面に向いている。休憩ついでに、今まで書いた分を見直しているのだろう。邪魔をしたような気がして、少し、気が咎めた。 このままもう話しかけずに部屋を出よう、と、早智子は静かにドアを開く。足を一歩踏み出したのと同時に、後ろでドサドサと不吉な音がした。 「あっ」 松下の悲鳴に、早智子は慌てて振り返る。 「松下先生!?」 「あ、うん、大丈夫」 確かに松下は平気そうだった。足元は本で埋まっていたけれど。そこから松下は立ち上がってこっちに来た。 「ごめん、これを渡そうと思ったら、本に埋まってたんで」 「え?」 差し出されたそれを反射的に早智子は受け取る。綺麗に包装され、リボンもかけられているそれは、どうやら何冊かの文庫本のようだった。 「あの、これ……」 「うん、バレンタインだからね」 「え?」 「流行ってるんでしょ、逆バレンタイン」 「ええ!?」 早智子は目の前の松下の意地の悪そうな微笑と、手の中の包みを見比べた。まだ頭が混乱している。 「本屋でそう言われて買ったんだ」 「あ……え、ありがとう、ございます」 「どう致しまして、卒論の足しになるといいけどね」 「はい」 早智子はやっと微笑みを返すことができた。松下は満足したのか、小さく頷くと、また少し、意地悪そうに微笑んだ。 「ケーキ、ごちそうさま。美味しかったよ。ハートで可愛かったしね」 「……義理、ですよ?」 「うん、僕もそう」 松下がさらりとそう答えたことに、早智子は少し、落胆した。自分で線をひいた癖に。少し俯きながら、帰る、と告げようとした、けれどーー、 「そうしておくのが、今は一番、都合がいいからね。早智子さん」 松下のその科白が耳に飛び込み、早智子は素早い動きで松下の顔を見上げていた。 曖昧にその視線をかわした松下は、すっと早智子から離れ、床を片付け始めた。早智子は静かに静かに、部屋を出た。 happy happy valentine day!! 20090214 バレンタインなのでバレンタイン小説を突発的に書いてみました。 長い…。 間に合って良かったです。 お題は、SPICE様からお借りしました。 [*前へ] |