大学生と講師のシリーズ
潤んだ青(4年8月) 3
「――早智子さん!」
びくり、体が跳ねる。
(嘘、)
ゆるゆると振り返ると、真山の肩に手をかけた松下がそこにいた。呆気にとられた顔をしている真山が、早智子に向かって、
「……え、サチの知り合い?」
と、間の抜けた声で尋ねた。
(――来て、くれた)
舞い上がる気持ちとうらはらに、からだは鈍く、重くなった。声が、足が、前に出ない。真山の問いかけは宙に浮いたかたちになって、そのまま誰もが動かなかった。
ほんの少しの沈黙の後に、一番最初に動いたのは真山だった。
「とりあえずコレ、離して」
松下の手を指差し、そう告げた。松下が静かに手を引っ込める。小さくすみません、と謝る松下の声が聞こえた。ひどく攻撃的なすみませんではあったけれど。
(――せんせい、だ)
まだぼんやりとした頭が、松下の姿を、声を、とらえる。
(先生が、)
ざわざわと、体中の血が騒ぐ。
泣きたくなるほど恋しくて、愛おしくて、
「……僕が、送るので、」
「あー俺は別にそれでいいんだけど」
松下が静かに告げる。妙に尖った声だった。真山がさらりと受け流したあとで、早智子をまっすぐに見た。それに早智子は気付かない。
「サチ」
真山が声を上げて初めて、早智子は目線を真山に向けた。
「……大丈夫なんだな?」
吐息混じりのその問いに、早智子はやっと頷く。
(心配、されてる)
真山は松下を知らない。早智子が彼を好きなことも、彼が早智子を好きなことも。
「大丈夫だよ」
早智子はくちびるで笑って答える。余裕のない、ぎこちない笑顔になっていることは間違いなかった。真山は一瞬迷ったようだった。しばらく早智子と松下とを見比べていたが、最後には深く頷いた。
「じゃあ俺帰るわ」
「あ、うん……サンキュ、マヤ」
そう答えると、へへへと真山が笑う。そうして、ひらりと手を振ると、さっさと早智子を抜いて歩き出す。
「おう、また明日」
「うん、お疲れ」
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