大学生と講師のシリーズ
潤んだ青(4年8月) 2
真山の問いかけに、早智子は曖昧に答えた。
「ごめんとかじゃなくて、」
早智子の指がマグに届いても、真山はそれを離さなかった。
「……マヤ?」
おずおずとそう口にした早智子に、けれど真山は動じない。静かに尋ねなおした。
「……何か、あったのか?」
尋ねる真山の瞳は真剣だった。早智子は唇を綺麗にかたちづくって微笑み、告げた。
「……何も、ないよ」
真山が怪訝そうに、それでもマグを掴む指を離した。
(何も、ないよ、)
(……何も、ないから……、)
心の中でそうは思う。けれどそれを説明する気にはなれない。
(会いたかっただけよ、)
(ただのわがままなの)
それを告げる気にも、ならない。
「ちょっと、寝不足……、」
そんな風に、ごまかすような言葉でしか語れない。
「ありがとね、マヤ、今日は早めに寝る」
そう言って微笑むことしか出来ない。
「大丈夫、なのか?」
三年以上の付き合いだ。ごまかしきれるはずもない。それでも早智子は頷いて笑う。
「大丈夫だよ」
「でもサチ、」
「……優しいね、マヤは」
呟くように口にして、早智子はマグボトルを自分の胸元に引き寄せる。
「……帰るわ」
真山は納得しているようには到底見えなかったが、それ以上は何も言わなかった。
じゃあね、と踵を返した早智子に、真山はまた声をかける。
「――サチ、」
足を止めずに首だけで振り返った早智子に、真山は語気を強めた。
「待て、」
イエスもノーも言わないまま、早智子は曖昧に微笑む。真山に下心がないことはよくわかっていた。けれど待つ気はない。これ以上話すこともない。早智子は前を向くと足を早めた。
「……ちょっ、待てサチ、」
振り返らない早智子に慌てたように、真山のスニーカーの足音がぱんと夜の街に響いた。
「駅まで送るっ……!」
いらない、と早智子が答えようとするより先に、真山の足音が止んだ。
「わっ……?」
真山の微妙な響きの悲鳴に、早智子は振り返ろうとした。けれどそれよりも前に鋭い声がした。
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