大学生と講師のシリーズ ガールズトーク(4年7月) 5 誰も、通らなかった。 ひどく静かだった。 互いの息づかいがきこえそうなほど。 テスト最終日の最後の時間だ、テストが済んでいればさっさと帰ってしまうだろうし、学校にいる学生自体、数も少ないのかもしれない。早智子はそんな風に思う。 不思議と苦痛ではなかった。 (たたかっている気が、) (するから、かな) 中村の瞳は大きくて、冴えない自分がうつっているのがよく見えた。それでも。 (……先生につながることだから、) (かな?) どちらも、口を開かなかった。 無言で何かを伝え合えるような相手ではない。それでも互いに、なぜか理解していた。 (退かない) 先に視線をそらせば、先に動いてしまえば、何かが揺らぎそうな気がした。 (諦めたくない、から) 遠くでからんからんと鐘の音がした。 ふっと、早智子も中村も視線が泳いだ。 テスト開始から三十分が過ぎたという知らせだった。三十分から、退席可になる。案の定、上の階から足音が聞こえ始めた。 「……続く?」 ぽつりと早智子が訊ねると、中村はまた早智子を見た。言葉はなかった。けれど、いいえという意思表示もなかった。全てを諦めた、納得した顔でないことも、確かだった。 「――また、ね」 静かに告げた早智子の声は届いただろうか。 ざわざわと階段を降りてくる学生たちの足音と声に混ざるように、中村はするりと動き出した。 「――三浦先輩、」 すれ違いざまに何かを言いかけた中村を、学生たちが、あきこ、と呼んだ。 続きは不意に飲み込まれ、中村の顔に綺麗な笑顔がすっと浮かぶ。隙のない笑顔、くっきりと彩られたくちびるが、けれど早智子にはひどく歪んで見えた。 「顕子どしたのー? もう終わったんでしょー?」 「うん、先輩と偶然会ったから」 朗らかに告げる声は、決して嘘は言っていない。けれど白々しく響く。 (話の内容、訊かれたくないから?) (……誰にも、言えないから、) 早智子も合わせてにこりと笑んだ。 「じゃね、三浦先輩、」 「うん、」 「――また……、」 笑顔の向こうで、きらりと瞳が早智子を射た。 朗らかに、手を振りながら。 「うん……、また、ね」 早智子も微笑んだままで手を振る。 見送った背中はその集団の中の誰よりもぴんと伸びていて、早智子は彼女を少し好きだと思った。 そしてまた、 ぶつかりあうのだろう、とも。 091204 7月の終わりです。 [*前へ] |