大学生と講師のシリーズ
ガールズトーク(4年7月) 1
テストが終わったその日、だった。
打ち上げでもするか、と美加と話しながら教室を出た。松下の研究室は未だに入室禁止だった。
(おつかれさま、せんせい)
部屋の前で心の中で呟くようにしてからドアの前の椅子に、借りていた本と採点お疲れさまです、本ありがとうございました、とだけ書いたメモを挟んだ。
「早智子研修旅行は?」
「ん。行くよ。美加は?」
「行くよ」
そうして二人で階段を降りかけた、その時だった。
「三浦先輩」
聞き覚えのある、声がした。
三浦先輩、という呼ばれ慣れない言葉の響きを、早智子は聞き逃しそうになった。二段ほど階段をおりたあとでふとそれに気付き、振り返った。
「お久しぶりですね、三浦先輩」
こちらを見下ろしながら、階段を一段一段と歩み寄ってくる影に、早智子は体を向き直してから、微笑んで言葉を返す。
「そうね、久しぶり……、中村さん」
中村もわずかに笑う。けれど随分余裕がなさそうな表情に見えた。自信ありげに笑っていた彼女とは少し、違って見えた。
「……だれ?」
美加が尋ねる。早智子は中村から視線を外し、美加に笑いかけた。
「……ねえ、一回車置きに帰るんでしょ? 六時に駅前でいい?」
そう言うと、美加は小さく頷いた。納得は出来ていない顔だったが、それでもわかった、と口にする。
「わかった、じゃあ南口で待ってる」
「うん」
あとで聞かせなさいよ、と耳打ちして、美加は階段を降りていく。その背中を見送ってから、中村へと視線を戻した。
「三浦先輩、おめでとうございます」
「え?」
卑屈な表情で笑みながら、唐突に中村が告げた。早智子の隣に並ぶ、最後の一歩を踏み出し、そして、立ち止まる。
「でも私は、諦めませんから」
痛いほどまっすぐな視線でそれが告げられ、早智子はやっとおめでとうの意味に気付く。
「……そう、」
早智子は踊り場まで階段をおりる。早智子を追って、中村も従った。壁に背中と左肩を預けるようにして、踊り場の角に立った早智子の右斜め前に、中村が立った。
「どうして、先輩なんですか、」
「……!」
あまりに静かに告げられた言葉に、余すことなく含まれた敵意に、早智子は身震いしそうになった。
「……何もできない癖に、」
ひどくつめたい、静かな声だった。
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