大学生と講師のシリーズ
自惚れの法則(4年7月) 1
アイスコーヒーとアイスカフェモカ。
両手にそれを持って、早智子は店を出る。片山と真山の、ありがとうございました、という声が追いかけてきた。
店の前で並木の一本に寄りかかるようにして立つ松下の視線が、自動ドアの音に反応して早智子をとらえた。
「お疲れ様」
軽く歪めただけのくちびるで松下が笑み、早智子はやわらかに笑う。ゆっくりと歩み寄ると、早智子はアイスコーヒーを差し出す。
「先生も、お疲れ様でした」
松下は、ジーンズとTシャツという服装だった。見慣れないラフな松下は新鮮で、早智子はまた、微笑した。
「一旦お帰りになったんですね」
「ああ、はい」
「なんか、普通の人に見えます」
「何ですかそれ……普通の人ですよ」
苦笑しながら松下が早智子の鞄に手を伸ばす。早智子はそれからやんわりと鞄を避ける。どちらもが笑顔のままでなされた些細な攻防ののちに、松下はそれを諦めた。
そして新しい設問を投げかける。
「車に行きましょう」
「駅まででいいですよ」
早智子はそんな風に答える。忙しい松下の睡眠時間を削ることになる。一緒にいられることは嬉しいことだったけれど、それはあまり喜ばしくはなかった。
「いやです」
ぽん、と簡潔に松下が応える。一瞬あっけにとられたあとで、早智子はふっとこみあげてきた笑いをかみ殺そうとした。
(いやです、だって)
至極真面目な顔で言われたその科白に、早智子はふわふわと浮かれた気分になった。
(ちいさなこどもみたい)
前に、松下を赤ちゃんみたいだと口走ったことがあったな、と、早智子は関係のないことを思った。
「――早智子さん?」
松下が呼びかける声に、早智子はふわりと笑う。
「はい、……送って、くれますか?」
そして、そんな風に言い直す。松下はわずかにくちびるを歪めて笑うと、そのまま先に立って歩き出した。
その右隣、半歩うしろに、早智子は続く。斜め後ろからは、髪に隠れて松下の顔はうまく見えない。ばさばさと無造作に伸ばされている割に、ひどい癖もない黒髪から、時折細い首がのぞく。
先刻かみ殺したはずの笑いがふとこみ上げ、早智子はふふ、と小さく笑う。松下が歩みをとめることもなく、首だけで振り返った。
目線で、何、と問われた気がして、早智子も小さく首を横に振るだけで答えた。松下は首を傾げながら、それでもすぐに前を向いた。
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