大学生と講師のシリーズ
諸刃の剣でも(4年7月) 5
それに以前、背中に庇った早智子に、あとから言われていた。
「……過保護だと、言われています」
過保護だと。守られなくても自分は生きられる、戦えるのだと。
「過保護?」
その言葉を繰り返して、中村はわずかに笑った。なんとなく嫌な響きを含んだ笑い方だったが、松下は意に介さず、続けた。
「ひとりで立つ、甘えさせるな、と」
松下はまた、コーヒーに目を戻す。落ちきってしまったコーヒーに嘆息しながら、けれどまた湯を注いだ。
「――それで、いいんですか。そんなの……」
松下は先を読んで、訊ねてみることにした。
「恋愛じゃ、ないと思う?」
中村に背を向けたままだったが、なんとなく頷いたのだろうということはわかった。
「……だってそれは、ひとりで生きていけるって言うなら、それなら……」
中村の声が、静かに響く。湯の沸く凛とした音に比べると、ひどく弱々しい響きで。
「それなら、先生が、いなくても、」
中村の言おうとしていることは、よくわかった。けれど中村は最後まで言い切りはしなかった。
「……それで淋しくないですか、」
代わりにそんな風に、訊ねられる。松下はもう一度、湯を注ぐ。
「淋しくない、と言えば嘘になるね」
それは松下の本音でもあった。
「先生はそれで……それでいいんですか」
中村の問いに答えず、松下はコーヒーカップを取り出す。温めるのを忘れていたことに気付いたけれど、今更だった。
「ブラック?」
「あ、はい……平気です」
「そう」
いれ終えたコーヒーをカップにうつす。早智子がいれた時ほど、美しい色にはならなかった。
――彼女のつよさは、伸びた背筋は、つめたい瞳は、人をひどく不安にさせる。それは、松下も例外ではない。
(誰も側にいなくてもきっときみは)
けれど、だからこそ、依存させたいと願った。
(他の誰に頼らなくてもきっときみは)
だからこそ、依存に、意味があるのだと、頭のどこかで知っていた。
「……でも、僕は自惚れているんだよ」
松下は中村にコーヒーを手渡しながら、先刻の問いに答える。
自分にだけ依存する美しい背筋。その甘えがもたらす、狂おしいまでの愛しさ。
「最後には、僕のところに来る、と……そして、他の誰のところにも行かないだろう、と」
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