大学生と講師のシリーズ
諸刃の剣でも(4年7月) 4
「コーヒーをいれます。飲みますか?」
静かに告げた松下に中村は小さく頷く。化粧のとれた中村の顔は少しあどけなく、けれど、松下にはその方が好ましく見えた。
松下は部屋の隅にあった丸いすを出し、無言のままそこに座ることをすすめた。中村が座るか否かを確かめもせず、松下はコーヒーポットの前に戻った。
小さなコーヒーポットは、すぐに沸騰し始める。早智子が好きだと言う、しゅん、という音がしはじめる。
(凛としていて、)
(好きなんです)
わずかに口元を綻ばせて、早智子はそんな風に言っていた。
早智子の手順を真似て、松下はコーヒーをいれ始める。丁寧に、嬉しそうにひとつひとつの作業をこなす彼女の背中を眺めるのが松下は好きだった。
「……化粧、なおして、いいですか」
静かに問いかける中村の声に、松下は振り向きもせずに答えた。
「香水以外は」
ぽとり、と、しずくが落ちる。早智子が湯を注いだ時のようには落ちないコーヒーのしずくを見つめながら、それでもその香りを楽しんだ。
かちゃかちゃとメイク道具をいじっている音がしはじめる。松下はただ沈黙を守った。
「……先生、」
未だに手元がかしゃかしゃと鳴っている状態で、中村が口を開いた。松下は振り返らずにそれを聞く。
「私が三浦先輩とのこと、誰かにばらしちゃったらどうします?」
それは、ひどく、明るい声だった。
けれど、ひどく、冷たくひびいた。
「どうもしない」
松下の声も、あっけらかんとした響きで紡がれた。
「ばらさないようにと四六時中見張っている訳にも行かないからね……、その時はその時だと思うしかない」
いっそばれてしまえばいいと思うこともある、と、松下は静かに考える。
少なくとも、楽には、なれる。
「……そうですか」
「はい」
「じゃあ、三浦先輩に、私が何かしたらどうします?」
静かに。
ただ静かに、中村がそう口にする。思わず振り返った先にあったのは、メイクがほぼ終わった顔だった。かたどられていない唇だけがやけに生々しかった。
(武装のようだ)
(つよい鎧のよう)
素顔を隠して。綺麗に彩って。
そんな風に、華やかに、つよく、なっていく。
「どうも、できません」
松下は静かに答えた。
「互いに見張り合っているわけには行かないですから。……それに、」
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