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大学生と講師のシリーズ
諸刃の剣でも(4年7月) 3

「顔を洗って、落ち着いたらどうですか」

 差し出したタオルを手に取らず、中村は首を振ってそれを拒否する。見上げる瞳はつよく光った。

(最初から、こんな風に、)
(きみと、話せていれば、)

 それにつながる言葉を、松下は無理矢理飲み下した。

「いいえ、返事を下さい……!」

 中村は、つよく言い放つ。松下はタオルを差し出した手を引き、

「――そう、」

とだけ、呟いた。
 松下は自分が聖人君子でないことなど百も承知だ。目移りも心変わりもすれば、浮気心もある。もっとも、自分から興味を持って女性に近付いたことは極端に少なかったが。

「僕はきみを好きにはならない」

 一番最初に、早智子を手に入れたい、自分に依存させてしまいたい、と思ってからも、それなりに相手はいた。四年間、何の約束もなく待ち続けるのが辛いのは、早智子だけではない。
 けれどそれでも、

「三浦さん……早智子さん以上に好きになることはない」

 早智子よりも好きだと、早智子ほど手に入れたいと思う相手に出会うことはなかった。
 中村が俯いた。彼女は声を殺しながら泣いていた。

「……早智子さんとは付き合っています。何ひとつ変えないままに」

 しゃくりあげる肩を哀れだとも思う。けれど慰めることは出来ない。それをする、権利はなかった。

「きみには、理解できないかもしれない。頭で恋愛していると言われても仕方がない。けれど……、」

 どうせなら何の期待も残すべきではないと、松下は思う。

「僕は、彼女とだからとどまっていられる。待つことも、変わらずにいることも」

 前にも後ろにも行けない、と、たすけて、と言った彼女のために松下が出来ることは、それしか――何の期待も、わずかな希望も、残さないことしか、なかった。

「きみとはできない」

 だから諦めてくれ、とは、口には出せなかった。充分に伝わっている気がした。
 松下はもう一度、タオルを差し出す。今度は、言葉もなく中村はそれを受け取り、静かに足を踏み出すと、部屋の中の小さなシンクで素直に顔を洗い出した。
 彼女が顔を洗い終えたのを見計らって、松下はコーヒーをいれるためにポットに水を汲む。調理器のスイッチを入れ、水を熱し始めた。



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あきゅろす。
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