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大学生と講師のシリーズ
未発展な未来(4年7月) 3

 早智子はひどく震える鼓動をなんとか押し殺し、松下の瞳には見えないように隠そうとした。
 松下は笑みの含まれていない目で早智子を見る。早智子は今にも緊張で弾けそうだった。

「……早智子さん、」

 呼びかけられる声に、はいと答えるのが精一杯だった。
 松下はやっと少し口元を緩める。松下もひとつ深く呼吸をした。

「そんなに、警戒しないで、」
「え、あ……」
「僕まで緊張してしまう」

 そう言って、松下の右手がそっと早智子の左手に触れた。細く長く、ともすれば早智子よりも白いその指は、ひどく冷たかった。
 早智子の指も、冷たい。互いにその指の冷たさに視線を交わして苦笑する。

「……つめたいですね」
「君の手もつめたいよ」

 そうしてただ、言葉も交わさずにいた。早智子はつながれた手ばかりを見つめていた。
 ごく自然に絡め合った指と指の間にあるものを静かに感じ合う、そんな穏やな感覚を早智子は愛しく思う。触れた指はつめたいのに、二つ合わせれば確かにぬくもりがある。それが不思議だった。

(この手を、)
(離したくないのは、)

 とけあう体温のもたらす幸福に、早智子は自分が落ち着いてくるのを感じる。

(わたしだけじゃ、ない、)

 互いの指が相手を求めていることだけは、確かに感じられたから。

「先生、」

 手をつないだまま声をかけると、ぴくりと松下の指が震えるのがよくわかった。
 早智子ははっとして松下の顔を見る。松下は照れたように、困ったように、眉を八の字にして微笑んだ。

(このひとも、)
(揺れるんだ……、)

 早智子はそのことに、初めて思い当たる。そして、安堵した。

(どうしよう、)
(すごく、うれしい……)

 安堵のあとで浮かんできたのは、喜びだった。

(このひと、ほんとに、)

 早智子にとって松下は、いつでも手の届かない大人だった。
 けれどその松下でも揺れることがあるのなら。そんな風に、揺れてくれるのなら。

「情けないね」

 くすりとわずかな自嘲を込めた笑いを松下がこぼす。早智子はまっすぐ松下を見て微笑む。

「うれしい、ですよ?」

 早智子は素直に、それを伝える。すると松下は一瞬無表情になる。けれどすぐにまた、困ったように笑った。

(ほんとに、わたしのことを、)
(好きなんだ……)

 早智子は初めて、身近な「恋人」として松下を意識していた。


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