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大学生と講師のシリーズ
未発展な未来(4年7月) 2

(……これが本当は、)
(叶えるべきじゃない、)
(恋、だったからこその……)

 そう思ってしまう度に、早智子は考えるのをやめた。やめてしまうのだった。
 ふわりとコーヒーの香りが立ち上る。早智子は返事が出来ないまま、ただ静かにコーヒーをいれ続けた。振り返ることもせずに。……否、振り返ることすら、出来ずに。

(……叶えてはいけなかった、なんて、)
(思いたくないのに……!)

 好きで好きで好きで。
 どうしようもなくて手に入れた恋なのに。
 どうして今更……。
 泣き出してしまいたいような、逃げ場のない思いの中でも、早智子の手は正確に動く。カップの中の湯を捨て、ドリップし終えたコーヒーをカップに移す。調理器のスイッチを切る。

(どうしたら、)

 先に進むべきじゃない。後戻りもできない。でも現状維持を望むなら、あれは何のための一歩だったのだろう。

(……どうしたら、)

 逡巡しながらも、早智子は淡々とコーヒーをいれる。その背中に、松下の視線を感じてはいた。けれど松下は何も言いはしなかった。それに甘えるかたちで、早智子はただ、黙っていた。
 けれど、カップをソーサーに載せかけたそのとき、松下が口を開いた。

「……早智子さん」
「……っ……!」

 別段、それは鋭い声でもなければ、大きな声でもなかった。ただ静かに、早智子を呼んだ。ただそれだけの声だった。
 けれどその、かけられた声に体は震え、指は跳ねた。がしゃんとひどくヒステリックな音がして、カップはソーサーの上に落ち着いた。

「……あ、」

 倒してしまったわけではない、けれど少し、カップからコーヒーが溢れ、ソーサーに溜まった。

「すみません、わたし、」
「……いえ、びっくりさせてしまってすみません」
「……」

 振り返ることすら出来ずに、早智子はまた黙り込む。黙って、ソーサーの上のコーヒーを拭き取り、カップを拭いた。

「火傷とか、大丈夫ですか」
「はい」

 早智子はゆっくりと深く呼吸してから、コーヒーを松下のところに運ぶ。なんとかつくった笑みのかたちのくちびるを崩すまいと意識しながら、早智子はコーヒーをテーブルに置いた。

「ありがとう」
「いえ、」

 早智子は短く答えながら、自分の分のコーヒーも松下のそれの隣に置いた。部屋の隅にある丸椅子を、松下の座る席近くに置いた。



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