大学生と講師のシリーズ
未発展な未来(4年7月) 1
これから、どうしましょうか、
そう呟いた松下の瞳は欠片も笑ってはいなかった。
早智子は微笑みかけたくちびるを、思わずすいと引き締めた。
テスト期間まであと一週間。〆切まではあと5日ほど余裕があるレポートを、早智子は早々に提出に松下の研究室に来ていた。
早いね、そう言ってにこやかに迎え入れられた研究室で、松下と早智子は、あの日以来初めて二人きりになった。
会ってはいた。見かけてもいた。授業もあった。けれど、親しく言葉を交わせる時間も、二人になる時間も、なかった。
松下はパソコンの前に座る。当然のように早智子はコーヒーポットに水を注ぎ、湯を沸かした。
渡したレポートは目の前で読まれるようなことはない。松下は、〆切までは誰の物も読まないのだと早智子は知っていた。
しゅん、という、湯の沸騰する音がし始めた。早智子はこの凛とした音が好きだ。僅かに目を細めて笑うと、カップを温めるために少量の湯を二つのそれに注いだ。
「……これから、」
そのときだった。
小さな声で、けれど強くまっすぐな声で、松下が口を開いたのは。
「これから、どうしましょうか」
ずきん、
痛みと錯覚するほどにひどく強い胸の高鳴りがあった。
二人きりでいる、ということに浮かれかけた早智子の胸に、その言葉はずきんと突き刺さった。
(……これから、)
松下に背を向けていた早智子は、え、と聞き返しながら、振り返った。わずかに唇を、微笑みのかたちにしようと努力しながら。
(これから、どうするか、)
けれどぶつかった松下の視線は、欠片も笑みを含んではいなかった。
つくりかけた笑顔をすっと消して、早智子はまた、コーヒーポットに目を戻す。沸き立った湯をコーヒー豆へと注ぎ、ドリップを始めた。
「……早智子さんは、どう思っているのか、知りたいんです」
背中にかけられる声に、早智子はしばしの間、答えない。ほんのかすかなコーヒーの落ちる音と、湯の沸く音だけが部屋を満たす。
(……どう思ってるのか、なんて)
早智子もずっと、考えてはいた。
(付き合うことへの制約、)
松下と――、人にばれてしまってはいけない相手と、付き合うこと。その方法。どうしたらいいのか、ずっと、考えてはいた。
けれど最後はいつも、同じところに行き当たった。
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