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大学生と講師のシリーズ


 どう見ても甘えるのが下手そうな、気が強いのに繊細そうな、凛と背筋の伸びた立ち姿が、一番最初に、気に入った。
 あれは、まだ入学してきて授業も始まっていないオリエンテーションの時だった。名前も知らない、ただまっすぐな立ち姿と、綺麗にアップされた髪のおかげで覗く、やはりまっすぐな首筋の白さが美しかった。
 誰とでも適度ににこやかに話し、誰にでも何となく頼られ、誰からも何となく真面目に語られーー、彼女はそういう存在で、だからいつも誰かと一緒にいた。

(みんな、何故、気付かないのかな)

 松下は不思議だった。それを見る度に不思議に思った。

(あんなに、つめたい)
(突き放した、目を)
(してるのに)

 誰といても、何をしていても。
 相手が愁嘆場を演じていても、馬鹿みたいに笑っていても、つめたい、突き放した目をしているのに。
 そんな風に、松下は、思う。

 松下の授業に来た彼女は、中央、前から二番目の席に座った。基本的に大学の授業では席順は決まっていないので、何となく学生は後ろに座りがちになる。授業をする側は、遠巻きに観察されているような気がして、あまり愉快なものではない。
 彼女は他の学生とは離れ、ひとり凛とそこに座っていた。
 松下は、何年間かこの大学で授業をしていて、これが初めての経験だった。少し、驚きはしたものの、それを表情に出すことなく、最近の授業の恒例行事を始めた。

「このクラス、希望者は三十二名。一番前は空けるとしても、五列目までで全員座れるはず」

 席は横に八列、縦に十列。前から二番目に座っている彼女の他は、五列目の右端に二人座っているだけで、それ以外はきっちりと後ろから詰められていた。

「それより後ろに座っている人は退室して、それで、もう来週からはこなくていいから」

 ざわり、と教室の中が騒がしくなる。ざわざわと話し、振り返ったり横を向いたり、誰も立ち上がろうとはしない。本当に出ていかなければならないのか、とか、本当に来週からこの授業には出られないのか、とか、戸惑い、怒り、怖れーー、誰かの救いの一言を、ただ待っている集団。
 前から五列目以内に移動するでもなく、謝るでもなく、ただただ、許しを待っている。
 そういう甘えた態度に耐えきれずにいる自分は、多分、教員には向いていないのだろう、と、松下は思う。けれど、松下は他に何も持っていない。ずっと研究しか、頭になかった。これ以外の職に就く自分を考えたことも、なかった。

「早く退室して」

 渋々と、困惑を隠すこともせず、鈍い動きで立ち上がり、教室を出て行く集団を見送る。
 五列目に座っている二人は顔を見合わせてから立ち上がると、二列前の席に座り直した。

「……サチ、サチは受けんの?」

 集団の中のひとりがかけた声に、二列目に座った彼女が振り返り、手を振った。サチ、と声をかけた女は、なによあいつはひとりで、裏切り者、と、きれいに顔に書いていたが、彼女は意に介した様子もなく前に向き直り、女はすたすたと教室を出て行った。

 教室には座っている学生が三人。後ろの壁際に残った者が五人いて、彼女たちは口々に、

「次からは前に座ります、受けさせてください、お願いします」

と、言った。松下が小さく頷くと、五人はそれぞれ三列目に着席した。

(八人か)
(残った方だな)

 下手をすれば、前に座っている学生が一人もおらず、最初からゼロになることもある。松下の最初の授業はいつもこれだ。だから、必修科目でない限り、いつも少人数だった。

「……さて、静かになったね」

 小さく呟くように言うと、八人の内で彼女ひとりだけが小さく笑った。松下はそれに気付くと、彼女をまっすぐに見て話した。

「この授業は、多分、他の先生より厳しいと思う。今見て貰ってわかるとは思うけど」

 今度も彼女は小さく笑った。

「試験はしない、毎時間のミニレポート、試験時のレポート、授業のレジュメ、長期休み明けのレポート、出席率、それから授業中の発言、発表、以上で成績を決めます」

 松下はやっと、八人全部を見渡した。どの顔も、割と真面目そうで好感が持てた。何とか、やっていけそうだ。松下はそんな風に思う。

「よろしく、僕は松下祥(まつしたしょう)と言います。まずは、名前を聞こうか」



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