まずは、恋人から始めましょう
「ネズミー!!!」
そう大声で遠くから手を振ってくるあの影は…間違えなくアイツだろう。
「ネズミッ!!!」
冷え込んだ夜風に頬を赤く染め、白い吐息を漏らして彼女が近くにやってきた。
「おう。」
軽く返事を返すと膝に手をついてゼイゼイ言っていたのに、笑顔になって顔を上げた。
「待ったぁ…?」
「まぁ、な。」
少し拗ねたように言い返すと、ミユは俺の、手袋もしてない冷え切った手を温かいその手で包み込んだ。
――――温かい。
「あっかたい?」
「――…あぁ。」
そのまま、手を握り合ったままでいると、ミユの視線が恥ずかしそうにこちらを見上げた。
「―――…よかったぁ。元気そうで。」
「当たり前だろ。まだ、あんたと顔合わさなくなってから、そんなに何日も経ってないからな。」
そう言い返すと、ミユは「…それもそうだね」と照れたように、はにかむ。
「それじゃ、いこっ。」
学校が冬季休業に入ってから、数日後の今日12月31日深夜。
二人で初詣の約束をし、今にあたる。
ネズミは
「そんな、幾何学的なものなんて使わなくったって、人間からは古来から、お互いを知りあうための知能が備わってるんだ…」
とかなんとかいって、携帯を持ち歩かない。
言語やいろんな幅広い知識を持ち合わせているのに、機械には弱い。今時少ない、少数派だ。
だから家の電話に、どうしてもの時にかけたりするが、ネズミのお母さんが出るので、なんだかこの歳になってからは、少し気まずいというか、小恥ずかしいのでかけるのは避けている。
(昔は、用もなく電話して過ごしたものだ。とくに、「二人の家の中間地点の公園集合。」とだけ言って電話を切って呼び出すのにたしかハマっていた。)
だからネズミの顔を見ていない日々が…――ネズミに言わせれば「そんなに何日も経ってない」3日間が続いた。
「まだ来年まで30分もあるやー。」
ミユが隣で不満げに呟く。
「30分なんて、この過ぎて来た一年にしてみれば短もんだろ。」
「もう…いつだってネズミは理屈っぽいことばっかなんだから。」
新年をあと30分で迎えるとなると、町一番のこの神社は、やはり多くの人で賑わっていた。
ネズミはガヤガヤと自分勝手に騒ぎあっている人の多さに、うんざりした。
だが、ネズミがわざわざこんなに人で溢れているところに来たには、それなりの理由があった。
「あと30分、何する?」
隣で周りに、煽られてかニコニコと笑顔を洩らす、ミユが問いてくる。
そう…―――すべては、アンタのために。
ミユとは、長い付き合いで、昔はよく家族ぐるみで、こうやって初詣に出かけていた。
中学に上がり、互いに共通しない付き合いで…――特にミユは女友達と遊ぶことが多くなり、あんなに毎日話していたというのに、会話は勿論、顔を合わせることも少なくなった。
高校も、選べる幅は俺にとっては十分あったが、ミユは…限られていたので、ランクを下げ、同じ高校に通うことにした。(そのことを、ミユは知らない。)
だが、高校に上がったとたん、事件が起きた。
あんなにも、どこにでもいそうな、間抜けで馬鹿な――ミユに対する周りが変わった。
一皮抜けた…(俺は、幼いころから自覚していたし、魅力にも気づいていた)周りが、ミユの存在に気付き始めたのだ。
そもそも、昔から何度も何度もチャンスはあったというのに、いっておけばよかったセリフを言っていないばかりに、モヤモヤとした気持ちで俺は今ここにいる。
「あっちで甘酒、配ってるみたいだったけど、いくか?」
「うん!!行く!!」
先日のことだ。
女友達なら、まだしも男で初詣に出かけないかと、ミユが誘われていたのだ。
ミユとネズミは、同じ高校に入学できたもののクラスが端と端のA組とD組に分かれてしまった。
そのため、お互いに人伝いにお互いの話を聞いていた。
「ネズミ!!!」
紫苑が走って教室にはいって来た。
「・・・・何?いっとくけど、俺はあんたの家庭教師じゃないんだから、今回の古典の宿題くらいは自分でやれよ――」
「違うよ!!!重大な話なんだってば!!」
紫苑がこうやって、何でも大げさにするのはいつものことだから、気にも留めていなかった。
「あぁー。わかったから、もう少しボリュームを下げて話してくれ。じゃなきゃ、重大発表かなんだか知んないけど、みんなに聞こえるだろ。」
「あ。ごめん。」
紫苑が、カロリーメイトをボリボリと机に伏せながら、貪っている俺に視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「ミユが、初詣に男の子と行くんだって。今廊下で話してた。」
「!!!」
いきなりのことで、カロリーメイトをポロリと落とす。
紫苑は、あれだけ俺にプレッシャーをかけるが如く「重大な話」と言っていたというのに、それを涼しい顔で拾い上げ「大丈夫?」と呟いた。
「・・・もちろん。」
「返事遅かったけど―――…ネズミもしかして、少しショックなんじゃないのか?」
紫苑に図星を突かれてぎくりとした。
「そんなはずないだろ。あんたじゃあるまいし、こんなことぐらいを気にする男じゃない。俺は。」
強がった俺に、紫苑は気まずそうに呟く。
「でも・・・・なんでも、その相手がD組のあの――ネズミにとっては怖くもないだろうし…っていうか、友達だったって聞いたけど――あの、イヌカシって子なんだけど…」
「―――――」
イヌカシとは、中学の時から俺とミユ、二人揃って面識があって―――というより、中学の時は一緒に吊るんでいたため、よく顔を知った奴だった。
今じゃ、この高校では、出しゃばって顔をよく知られている人物にまでなった。(いろいろと、面倒を起こしているのだ。)
「・・・・へぇ。面白い。」
「え。ネズミ?」
ネズミはおもむろに席を立って、教室をでた、向かう先は・・・ミユのいる、D組。
――――――――そして、今にあたる。
わざわざ、目立つようなことまでして、彼女についに手を伸ばす覚悟を、真面目に視線を合わせる勇気を――――この思いを伝える――――その為にここに来た。
近年は、新年早々こんな処に来ることはほとんどなかった。
神様だとか曖昧な存在に願うのはどうも気性にあわなかったし、人ごみに入っていくことすら嫌だったからだ。
だがしかし、今日ばかりはそうはいかない。
自ら、俺たちの曖昧な関係を終わらせようと―――幼馴染から、一歩踏み出そうとしているのだから。
「はい、はい!!甘酒だよ。」
甘酒を配っているおじさんが、笑顔でコップを配っていた。
「おっ。カップルかい?コップは二つかな?いや、一つかなっ?」
なっなんとまぁ、恥ずかしいことを口にしてくれる。
私は、顔がほてるのを感じた。
それを、見られたのか、それとも違った意味でなのか、ネズミが笑って答えた。
「――――俺は、一つでも構わないけど、カノジョは嫌みたいなんで、二つください。」
いつまでも、冷やかすおじさんから離れてから、ネズミからコップを受け取る。
「―――ありがと。」
なんとも恥ずかしい。
相手はそうネズミなのに・・・・恥ずかしい。
何年も何年もずっとこうしてきたのに、ここ数年一緒にこうやって過ごさなかったせいか、妙に意識してしまう。
それも、すべてはつい先日の出来事からだ。
私は、物心ついた時からずっと一緒にいたネズミが大好きだった。
いつも、ネズミに
「ネズミと結婚するもん!!」
などと恥ずかしいことを口にしていた気がする。
そうもいかずに、ネズミは頭が良かったし・・・・・すっごいモテたし――――で、私は自分が隣にいては不釣り合いだと思って、自然となのか年頃だったからなのか…距離が開いた。
噂では中学の受験の時、ネズミは頭のいいランクが上の高校に行くと聞いていたのだが、入学してその入学式の日まで彼が私と同じ高校に入学するなんて知らなかったから驚いた。
そのときアイツ
「あんたでも、この高校に入れたんだな。」
って笑ってたけど、その言葉には言い返すことができなかった。だって、この高校でもギリギリだったんだから。それに、ネズミがこの高校に入学した意図も全く分からなかったから。
やっぱり、ネズミは高校に入ってからも、モッテモテだった。(本人は昔から完全スルーしてるけど。)
だから、自然とネズミの話は、いつも聞いていた。
居眠りしているときの寝顔が可愛いとか(昔から知ってる。一緒に寝ていた仲だもん。)頭がいいとか、声が素敵だとか(歌がめちゃくちゃ上手いのはみんな知らない。)私だけが知っていたネズミがみんなに、知られていくのは私のものでは、もちろんないけど、すごく嫌だった。
だから、あの日本当に、ビックリした。
だって、ずっとずっと話してなかったのに、急にあなたから私に会いに来るなんて―――――
「ごめん。イヌカシ…―――私、予定も何もないけどさ、やっぱ、行けないよ。」
「え!!なんで?いいじゃん、いこーぜ。ネズミはいねえけどさ、昔のよしみってことで…――別に、付き合って欲しいなんて言ってる訳じゃないしさ。」
クラスがガヤガヤと騒がしくなる。
イヌカシは、今じゃ危険人物…もとい、注目される人ナンバーワンに名が挙がる人だ。そんなイヌカシと仲よさげに…しかも、デートもどきに誘われているのだから。
「いや、そう言うんじゃなくて…」
言い寄られて、追い込まれていたその時だった。
今度は、廊下が騒がしい。
「天満。天満 ミユ、いるか?」
ネズミだ。ネズミ。
かなりの注目を浴びた私!!!今まで影薄く生きてきたというのに、二人の有名人に話しかけられちゃ、困ったもんだ。
「ネズミじゃねぇか。久しぶりだな…」
イヌカシが馴れ馴れしく言い寄ると、ネズミはそれをせせら笑うようにひらりとかわし、言葉を遮るように続けた。
「随分、変わっちまったみたいだったから、お前だって気付かなかったよ、イヌカシ。」
「あのイヌカシにそんなこと言えんのはあんたぐらいだよ!!」と周りの心の声がする。
「そっちは、そっちで相変わらずのポーカーフェイスで気取って、甘いマスクで女の子惹きつけるだけ、ひきつけて近づかせないとこは、昔と変わらず気に食わねえなぁ。」
「悪いが、あいさつはそれくらいにしてくれ。お前に今は用はない。」
そう言ってイヌカシの側を通り過ぎ、私の目の前に立った。前よりまた、背が伸びたんだね。私よりずっと大きくなった。
「ミユ。ちょっと来い。」
そう言って手をさらわれて教室から出る。
「ちょっちょっと!!」
もう、なにが何だかわからない状態だ。
連れ去られた先は、屋上。
「何よー!いっいきなり、わざわざD組までくるなんてっ」
思いもよらない言葉。
でも、少し期待とはズレていた言葉。
「大晦日。」
「え?」
「大晦日の初詣は、あんたは俺といく。」
「へ…?」
「あんたは、他の誰とも、初詣にいったらダメだ。わかったか?」
「う、うん。ってあれ?」
「よし、決まりだな。」といって屋上を去ろうとするキミ。
「え。ちょっと、私がバカなのか、それともそちらが、唐突なのかでよく分からないのですけど・・・」
「―――前者だな。」
「やっぱり、って酷いなっ!!相変わらず…―――とにかく、一体どういうこと?」
ネズミを目の前にしたなんだか久しぶりの、話が楽しくてしょうがない。――――イマイチ、状況は読み取れてないけど。
「12月31日。深夜、11時20分。いつもの公園で集合。以上。」
――――いつもの公園って・・・
なんだか少し嬉しかった。
「ってネズミ!!ちょっと待ちなさいよー!!!!」
そんなこんなで今にあたる只今。
「あんた、そういや昔、甘酒飲んで酔ったよな。」
「え。嘘。おっ覚えてないよ!!」
「――――だって、デレデレだったからな。ガキだったし。」
そんな昔話ばっかりして、参拝の列に並ぶ。
「すごい人ー。どんくらいで回ってくるかな?」
「さぁなぁー。」
ネズミは首をマフラーにうずめて、寒がっていた。
昔と変わらない。
ポケットに両手を突っ込んでる姿は本当に全然、変わってない。
――――でも、一段とネズミらしさが出ててかっこいい。
そんなこんなしている間に、新年を告げる鐘の音。
「ネズミ、あけおめ。」
「挨拶ぐらい、ちゃんとしろよな。あけましておめでとう、だろ。」
そういっていると、携帯が鳴った。
「――――出ろよ。」
「でも・・・・・、せっかくネズミと居るんだし…」
「早く。」
「わかった」といって携帯を取り出すと知らない番号。
でも、ネズミにせかされて電話にでる。
「あ。はい…もしもし――――」
返答はない。
ネズミは私が気にしないようにか、そっぽを向いていた。
「もしもし?あのー?」
電話越し…聞こえたその声。
大好きなその人の声。
「はい、もしもし?アケマシテオメデトウゴザイマス?」
「ねっネズミ?!って―――」
いつの間にかネズミがこっちを向いていて、その手には真新しい携帯電話。
「誰か一人だけと、つながる電話らしいんだけど、まさかあんたとはな。」
と、そんな訳ないことを、へっちゃらにカッコよく言いのけてくれた彼に私は頬を染める。
「うっそお!!!」
そう言いながらもなんだか、またよくわかんないけど嬉しくて涙があふれる。
「ちょ…あんた声デカイ。こんな近くにいんだから、もっと小さい声でしゃべろよな。」
「こんな至近距離で電話かけてきたのは、そっちじゃないのー!!」
笑い合いながら、冗談を言い合う。
「用無しに、あんたなんかに俺がわざわざ電話なんてかけるかよ。」
ネズミが急に真面目に、なるから私も真剣に聞く。
「じゃあなんで?」
「それに、用無しに急に会いに行ったりなんてしないし、誘ったりなんてしない。」
「ミユ――――――好きだ。」
電話越しに聞こえた直接、耳に届いた声。
私の体の芯まで伝わる、ずっとずっと待ってた、その一言。
「――――知ってる。ネズミが私が好きなことなんて、ずーっと前から知ってるわ。」
「へぇ。俺だってあんたがずっと、俺を好きだって確信してた。」
「嘘。だって、ネズミ鈍感だもん。」
「あんたに言われたくないな、そのセリフ。」
そう言って、ネズミが携帯を耳から外す。私も電話を切った。
00:00ピッタシにかかってきた電話。
「だって、あんた、俺と結婚するって言ってたもんな。」
「嘘。そんなことまで覚えてたの?!」
まずは、恋人から
、 始めましょう。
「ネズミは何、お願いしたの?」
「教えてほしいか?」
「うん。」
願いごとの内容は、二人だけの秘密。
でも、それがあからさまになる日はそう遠くないのかもしれない。
「ネズミ!!!」
「ん?」
「だぁいすきっ!!!」
(2009.01.02)
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