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遅い。
人に「絶対遅れるなよ」とか言っときながら、自分が遅れてるじゃない。
ガサッ
足音。
あ。ネズミだ。
どうしよう。妙に緊張してきた。
この服、似合ってなかったらどうしよう。
やっぱり変かな?
それにしても遅い。
ネズミなら、こんな日でも急に走って来て、盗賊の真似して首にナイフでも押し当ててくると思ったのに。
『無防備な背中だな』
とか言ってさ。
だとすると、この音は、ネズミじゃない!?
うわぁ…どっちにしても花嫁的立場としては新郎が隣に来るまで待ってたいし、ホントの盗賊だったら怖いから見たくないし…――って見なきゃ死ぬか。
よし、こうなったら振り返ってネズミでも盗賊でも一発噛ましてやるわ!!
ネズミなら「何で遅れたの〜!!」って。
ガサッ
奴が後一歩進んだら…――
「ミユ…。悪い…――待った?」
『こんにゃろー!!当たり前でしょ〜!!!』
と握った拳を放とうと体制を整えて振り返る。
でも、口から出るはずの言葉は強い風に連れ去られて、飛んでいってしまった。
「ネ…ズミ?」
そう。言葉なんかよりも、私の全神経は目の前に広がる光景に釘付けになっていた。
――――真っ赤に染まったネズミの腹部に。
そこから、赤黒いヌメリを持った液体がポタポタ碧く生い茂った草に滴り落ちる。
苦しそうに上下する肩。
薄く形の調った唇からは、真っ赤なルージュを零して――――
「ちょっ…一体、何が――…何が!?」
ネズミに駆け寄ると倒れ掛るようにもたれ掛かって来た。
「すごい出血!!早く、紫苑に!!」
ネズミを柱にもたれさせ、走り出そうとするとネズミの手が――――私の腕をいつものように力強く掴むことはなく――――空を掴んだ。
「ミユ…――行くなっ…」
私を探すように伸ばされた手は私を捕らえることはなくて―――
「ネズミ…見えてないの…?」
嘘でしょ?と言いながらネズミの腕を掴む。
「ミユ…紫苑にももう、どうしよも出来ない。手遅れだ。」
ネズミは私の身体を引き寄せ抱きしめる。
「死神が手招きしてる。悪魔に気を許した。」
ネズミの顔を見上げれば、自分を嘲笑うように笑みを浮かべていた。
「すまない…―――」
いや!!そんな顔して謝らないで?
何を謝ってるの?
遅れたこと?
いいよ、そんなこと。
違う理由だなんて、言わないでよ。
「ミユ、手…――して。」
溢れる涙を拭い、手を出す。
「…なぁに?」
「あなたのことを――何時までも…どこにいても―――見守り続けることを誓います。そして、ずっと愛しづつけっ…る――」
ドッブリと血を横の草に吐き捨て、ずっと固く握られていた左手を解き、震える右手で私の薬指に指輪を通す。
「これ…――指輪なんてクサイ物、買わないって――」
「気が変わったんだよ。あんたはジャジャ馬だから、それを…俺と繋いでおく手綱代わり?」
小さな小さな石のついた指輪。
「綺麗…。綺麗だよ、ネズミ。」
ネズミの震える手が延びて来て、私の涙を拭う。
「泣くな。あんたに泣き顔は似合わない。」
白いドレスは赤黒く染まる。
「だって…」
「あんたはこれから、何時だって笑ってろ…もう泣くな。俺はいつでも傍にいる。あんたを一人なんてしない。」
ギュット抱きしめられる。
「ネズミっ…嫌だよ。」
「泣くなって…っ…――俺の望みを聞いてくれよ。」
ミユが涙で一杯の瞳で見上げる。
「俺は…いつだってあんたのここにいるから」
私の胸に手を当てる。
「あのね、子供は2、3人。ネズミに似たカッコイイ子供が生まれるよ。沢山笑って、いろんな所に出かけたりしようね。」
「――――…そうだな。」
「それでね…ネズミと私はいつまでも愛し合うの。いつまでも、いつまでも…」
「ねぇ、ネズミ。」と肩にもたれ掛かったネズミを見遣ると、まるで子供が安心しきってスヤスヤと寝息を立てて眠るように―――安らかな笑みを浮かべて――――ずっと深く深く眠りに付いた。
「ネズミぃ…――――ずっと大好きだから。ずっと笑ってるから、私。だから、今日だけは許してね…」
ネズミは神様に奪われた。
何時までも私だけを見てて。
ちゃんと笑ってるから。
(2008.12.10)
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