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少し早く出過ぎたみたいだ。
太陽は上がりかけてはいるものの、まだまだ約束の時間まで有余がある。
そうだ。
こんな洒落臭いことは自分らしくないと思っていたが、昨日給料日だったため時間とお金がある今、買い物でもしろという暗示だろう。
ネズミはアンティーク小物店に入っていった。
店から出て来たその手にはキラキラと輝く小さな石の付いた銀の輪っか。
ミユは、喜ぶだろうか?
ふと太陽を見上げれば、約束の刻限がさっきよりもずっと近づいたのがわかる。
ひとっ走りすれば間に合うだろう…
買ったばかりの指輪をもう一度確認し、強く握り閉め走り出そうとしたその時だった。
一発の銃声。
腹部、呼吸器官に走る激痛。
「ゴブッ…――」
右腹に手を当てれば赤黒く光る液体が手を染めた。
振り返るとビルの上に、西ブロックでは見慣れない服装の輩―――悪魔に油断した。
NO.6の輩だ。
意地悪くせせら笑い奴らは姿を消した。
また腹部と左胸に走る激痛。
まさか…―――
あっさり手を引いたのは毒が銃弾に塗り込められていたから―――
「ふっ…」
あの夜を思い出す。
あの嵐の日も毒が体をはい回るのを感じ、生死を徊った。
――――ミユ。
自然と頭に浮かんだ名前は花の名ではなく、愛する人の名。
きっともう紫苑にもどうしようもできない。
あの時のように、救急ケースは中身が順応ではないのだから。
この何年で使い切って解毒剤も針も糸も何処かに消えた。
だから、今求めるのは―――
「…ミユ…――――」
暑くもない季節だというのに全身を冷ややかな汗が這う。
あんたはどんな顔をするだろうか?
こんな日に、悪魔に油断した俺を笑ってくれるだろうか…?
それとも泣いて――――
『ネズミは世界の誰なんかよりもかっこいんだから!!』
そう言ったミユの顔が浮かぶ。
嗚呼。
紫苑達のくれたスーツを黒色が滲み出て染める。
こんな、俺は格好悪い…?
『違う、違う。舞台で演技してるネズミも…そりゃぁ、カッコイイけど、私はそのままのネズミがカッコイイし、好きなの!!』
町を抜け、森へ出た。
元は教会だった石造りの舞台の上に、純白とは言えないが白い―――二人にとってのウェリングドレスを身に纏ったミユが立っているのがうっすら見える。
日がもう傾いてる。
随分な遅刻だ。
早めに出たっていうのに―――
視界が霞んで見える。
ふて腐れたようすが見て取れる背中。
表情は見なくったってわかる。少し膨れた不細工顔だ。
脚が重い。
視界が揺らぐ。
光りが段々細く…―――
こんなことになるんだったら見ておけばよかった―――
――――あんたのウェリングドレス姿。
『ねぇ?ホントにウェリングドレスなんて買うの?』
『そんな高い奴は無理だけどな。』
『そういう問題じゃなくて―――』
『選んで来いよ。一生に一度しかないぜ?あんたみたいな貧乏人が少し高価な服装を着れる日なんて。』
ミユは少し怒った表情をしながら俯き、ボソリと呟く。
『――…ありがと。』
『何?なんか言った?』
『何でもない〜!!』
しっかりこの耳で感謝の言葉は聞き取れたのに、聞き取れなかったフリをすれば今度こそプンプンと怒った様子で店に入っていった。
『ねぇ、これ…どうかなぁ?』
怖ず怖ずと少し恥ずかしそうにミユが姿を物影から表す。
『いいんじゃない?』
目を手で覆いミユの姿など微塵も見えやしない。
『ちょっとぉ〜真剣に考えてよね!!』
またふて腐れられては困るので手招きすれば、コトコトと履き慣れない靴で近づいて来るのがわかる。
『何?』
目の前に来た彼女の頭を抱き寄せて、耳元で囁く。
『――俺の花嫁はどんな服きたって似合うに決まってる。俺が見てきたモノの中で1番、綺麗だ。』
ミユが硬直して何秒間。体温が上昇しているのを抱き寄せた身体から感じながら、目をつむったまま笑う。
『なっ何て言う恥ずかしいことをっ!!』
バシッと俺を叩き、ミユは物影にまた姿を消した。
きっと、どんな宝石よりも着飾った女達よりも、美しい。
俺の瞳にはもうあんたしか美しく映らないから。
教会の柱に手がぶつかる。数メートル先にきっと、ミユがいるはずだ。
『カッコイイから好きってあんた、俺の容姿だけ見ていってんの?』
『そういう意味じゃないよ〜。ネズミの中で自然と沸き起こった表情が好き。わざと怒った顔も、照れてる顔も、眉間に皺寄せて考えてるときの顔も、悲しそうに顔を歪める顔も――』
『悲しんでる顔が好きとか趣味悪い。』
『いいの〜!!でも、その中で1番好きなのは…――』
「…ミユ。悪い、待った?」
『私が好きなのはネズミの笑顔。だから、私に会う時ぐらい笑ってよ。』
「ネズ…ミ?」
あんたの大好きだった笑顔で花嫁の名を。
(2008.12.10)
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