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恋ノ花ノ色

「いらっしゃいませ。」




西ブロックに唯一ある花屋。



肉屋も果物屋も腐ったものでも、ましてや見た目なんて気にもしずに売っているような――――僕の暮らしていたNO.6から考えたら信じられない―――そんなこの街の片隅でそこは、輝いて見えた。



ネズミに買い物を頼まれて来たのに(急いで帰っても「あんたは何処までノロマなんだ、買い物一つも早く出来ない訳?」って言われ呆れられるだろうけど、それ以上にきっと今、少し拗ねた表情で僕をネズミは待っているだろう。)
足を着い運んでしまったその店の中は、違う世界にきてしまったような綺麗さでビックリした。




「お客様…?」




僕は一瞬、天使の囁きでも聞いたのかと思ってビックリしたんだ。




慌てて声のほうを振りかえれば、そこだけ神様のもとからそのまま日が注しているんじゃないかって思うくらい、優しげな窓から注す光りを浴びた店員さんが立っていた。




「あの…?」




光りに揺れる髪―――サラサラと音を立てているんじゃないかと思うくらい、一本一本が煌めいて…




「ふふっ」




そんな、天使みたいな彼女が笑った。




って僕はやっと、我にかえった。




「あっ。いや、その、初めまして。」




慌てて何を言っているのか、自分でもわからない。僕の心臓は生まれて初めてってぐらい急スピードで脈をうつ。




「ふふ。そうですね。初めまして、お客様?」




あっ。そうだった。



僕は花屋につい立ち寄ってしまって、彼女は僕が花を買いにきたのだと思っているのだ。
なのに、「初めまして」なんて何て腑抜けな事を言ってしまったんだろう、僕は。




「すっすみません。僕、その…」




店頭に並ぶ花ばな。




美しい。




値段はやっぱりビックリするほどだったけど、この街のこんな片隅の、この店に凛と咲いて―――綺麗だった。




「何かお困りですか?お金がないのは皆、一緒です。」




そう言って彼女は一本の元気に咲く向日葵を手に取った。




「よく、店にお客様がいらっしゃるんです。でも皆、花を買いにきたんではないんです――――貴方のように、花の優しげな、ひたむきな姿に心惹かれて…足を運んで下さるんでしょうかね?」




クルクルと包装し、リボンを器用に結ぶ。




「それじゃ、あなたは儲からないんじゃ…」




つい、口を出たことば。



何か失礼だ、僕。




「ふふ。私の事を心配して下さった方は貴方が初めてです。みんな花を数本勝手にもってでていってしまいますから。」




彼女がどうして笑うかわからない。




「それでも、私は嬉しいんです。この街で、人々が安らぎを求めて…―――もういない誰かの為にそむける為や、本当に大事な人へのプレゼントにと…―――花を必要としてくれているんだから、私はそれで満足で、幸せなんです。」




ネズミがいってた。



いや、むしろ、西ブロックに来てから人を信じることに少し不安をもつようにはなった。



なのに西ブロックの、こんな、ど真ん中で彼女はひたむきな…まさしく凛とした花のように、清く優しく立っていた。




「お礼です。」
「えっ?いや、僕なにも――…お金もないし。」




一本の向日葵。




「つまらない話を聞いてくれたお礼です。受け取って下さい。」




花を半ば強制的に握らさせられる。




「ありがとう。受け取ってくれて」
「あの、…紫苑です。僕紫苑って言います。」




彼女は笑う。




「しおん?花の名前ね。いい名前。」




どうして君が優しく笑うかわからない。




「あなたは…」





「ミユ。」






顔がすごくほてってる。



僕の顔は真っ赤だ、きっと。




「ありがとうございました。またきてくださいね。」












どうしよう。心臓がおかしくなりそうだ。












「遅い。紫苑。あんた、何分かかってる訳?」




ネズミがいかにも不機嫌そうにすわっていた。




「ネズミッ…僕、変なんだ!!」




ネズミがその一言で驚いたように振り返る。




「―――何処もおかしそうなとこはないけど…あんた顔真っ赤だ。」




ひとに言われて再認識。




きっと、彼女…ミユに会ったから…――――




「ごめん!!なんでもない。ご飯作るよ。」




ネズミにはきっとなんのことかなんてわかんないだろう。(だってこの僕もよくわからないんだから)


でも、きっとこれはネズミに会ったときの胸の鼓動とまた違う。




――――これは…















「いらっしゃい。紫苑。」




店頭に並ぶ花。




その中には初めて来たときには見かけない小さな紫の花が――――




「ミユ!!今日はね…って痛!!」




それは小さな恋の色をした、まだ生まれたての優しい色の花。




「大丈夫?ふふ。もー紫苑はいっつも慌てるから舌を噛むのよ。」




その花の名は





紫苑





「ミユ、今日は君に伝えなくちゃならないことがあって、きたんだ!」
「何…?」








「君が好きなんだ。初めて会った瞬間から…君を一目みたときから、何かわかんないけど…君に惹かれてッ――いた」




心が先に先に空回りして舌を噛む。




「紫苑。急がなくても私は聞いてるから。」




ミユは紫苑の顔に手を添え、「大丈夫?」と心配する。




「…一目見た瞬間からって、一目惚れ?」
「違う!!君の…何て言うかわかんないけど、前向きでひたむきで…一人でも凛とした姿に惹かれた。そして、そんな一人で頑張る、人を頼らない君の支えになりたいって思ったんだ!!」




ミユは涙を流してた。




「えっ。ごめん!!僕、変なこと言った?」




それは違う。



私は…私も―――



貴方が店に入ってきて、笑っておどけて―――この街で見たこともない人間らしさに惹かれたの。




「泣かないで…、ミユ。」




遠慮がちに背中に回る手。




温かい。




「私も…私も貴方が好き。紫苑が…好き。」




恋の花が満開に芽吹くとき、一本の凛とした花は折れた。




でも、小さくてもたくさんの愛情に満ちあふれた紫色の花に包まれて…支えられて生きて生き延びた。











「ただいま-!!」
「紫苑!!おかえり!!」




ミユが料理をしながら顔を除かせる。




「――ねぇ、思ったんだけど何で、あんた普通に家に住んでるわけ?」




ネズミが欝陶しそうに口を開く。





「紫苑が住んでもいいって言ったから。ね、紫苑!!」




「はぁ…」
「うん!今日のご飯は何のスープ?」




抱きあって、夏だというのに笑いあっている二人をみているとうんざりする。




「あんた達、そういうことなら他でやってくれ。ここは俺の家だ。」





「「だったら、ネズミもいい人見つけたら?」」





紫苑が二倍。







ネズミの生活が崩れたのも言うまでもなく、彼に笑顔が増えたのも間違えない。








(2008.12.7)


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