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家庭教師ネズミまん

「ここがXだから…これは確かこうなるんだよね…?」




数学に向き合い始めて数時間。




日も沈んできて、綺麗な夕日が除く頃。




「あんたは何回、同じ間違えをしたら気が済むんだ?」




少し呆れながらもハッキリした口調でネズミが言う。




「うぅ…。そういえば、さっきもやったような気も、しないではないけど、…」




ネズミ深くため息をつく。これで何回目でだろう。数えておけばよかった。




今はテスト前!!というのに授業中に爆睡していた私は先生に、ど叱られ、大量の問題を与えられてしまったのです。


先生の鬼〜!!!と思っていたら嬉しいやら、悲しいやらで、数学の出来るネズミを監視役兼、指導役として大量の問題に



「ネズミがいれば天満も捗るだろう」


と+してつけてきた訳なのです。



私の隣で頬尻をっきながら余裕そうにしてる―――神様に二物も三物も与えられたネズミの元、教えてもらっているわけなのですがぁ…―――




「…だから、ここのZXは=Yになる。」
「…………」




ネズミ独特の低く甘ぃ声で解説が始まる。
私の視線は私のノートの乱雑な数式なんかじゃなくて、その紙の上を優美に動く細くて長い指に注がれていた。



ダメだ、私。


しっかりしろ。



ネズミが隣にいるだけで私の心臓はトクトクと音を立てていたというのに、ノートを指差してる所為か、ネズミとの距離が近くて息が耳にかかる。



黙れっ心臓。



ネズミに聞かれちゃうじゃない。




そぅ、問題が一つ。
私はネズミが好きなのだ。




だから、数学どころじゃないのだ。




私は自分の顔がほてってきたのを感じた。




「ということでZは13XYとなる…――ミユ?」




どうやらネズミに、私が解説も聞かずにぼーっとしていたのを気付かれちゃったみたいだ。


なのに、ミユと名前を呼ばれた為に、茹でタコのように真っ赤になった私は、しゃべることも出来やしない。



今は数学に集中しなくちゃいけないのにっ!!




「少し早過ぎたか…?」




ネズミの手が頬に触れる。
突然のことで私はピクリッと跳ね上がッた。



うわぁーうわぁー!!




その所為で真っ正面からネズミの視線を受けることになった私の頭はパニック状態。




「ぁわわわ…えっと、手がじゃなくて、うん、んと…Xが…いやZが…じゃなくて―――」




話を全くもって聞いていなかった+ネズミの手が頬に触れている所為で
私は全く状況が掴めず困惑していた。


すると、ネズミがクスリと肩を震わせながら笑いだした。




「…―――」




そんな姿なんて滅多に見られるものではないから、じぃっと見惚れてしまう。




「あんたっておもしろいよな。何で急にそんなにパニックになってるんだ。真面目に面白い。」




ネズミの手はスッと頬から離れていき、私も少しずつ落ち着いてきた。




「そっそうかなぁ…あんまり人に面白いだなんて言われたことないけど…」




私はいつもの癖で髪をくるくる指に巻き付けながら答える。




「天然のコメディアンだよ。あんたは細々した数学なんかより、よっぽどそっちの勉強した方がいいね」




ふとクスクスと笑っていたネズミの深い灰色の瞳が私を捕らえる。




「ミユ。」




名前をまた呼ばれて益々赤くなってしまった私は肯定の意で首を傾げる。




「あんた、顔、真っ赤。」




ネズミが意地悪そうに笑いながら、言う。


あっ…――もしかして…と私の中に一つ、仮定が生まれた。



ネズミは私がネズミの事を好きなのを知ってるのかもしれない。




だから、からかっているんだ。きっと―――――




多くの女の子に群がられ、告白、ファンレター(ラブレター?)をもらっても彼は首を縦に振ることはない。




断る理由は何時もこう。




「心に決めた人がいる。あんたを好きになってやることは出来ない。」




それは誰なの?と聞いた人もいるらしい。




「あんた達がもってないものを持ってる奴だよ。」




ネズミに愛される謎の女の人。




きっと誰よりも可愛いと言いより美しく、もしかするともっと、大人の女性なのかもしれない。




「…かっ、からかわないでよ。ネズミ。」




その気も無いのに仕草や容姿、声、全てで人を翻弄させるネズミを一瞬憎く思った。




「からかう?誰もからかってなんかない。」




ネズミの表情が急に真面目になるものだから、甘い期待が胸に忍び込んでくる。




流れる沈黙。


妙に窓の外から聞こえてくる、部活動の声がやけに大きく聞こえた。



日が沈む。




ふわっとカーテンが外からの風になびいて、私は顔に髪がかからないように、手で押さえた。




すると、ぎゅっとネズミとの距離が縮まって…





煌々とオレンジ色に輝く夕日だけがそのことを知っていた。








キーンコーンカーンコーン…




「ぁあ-っ!!もうこんな時間!!どうしようネズミ、宿題終わってないよ。」




私が慌てふためいているとネズミがクスリと笑う。




「明日も俺はあんたの世話役か。」




ネズミが立ち上がり鞄を持つ。




「明日もって…」




私がいろいろと疑問に思いながら問うとネズミが近づいて来て、私の頭に片手を置き、椅子に座ってる私に視線が合うように屈み込む。




「あんたが余りにも世話の焼けるお嬢さんだから、明日もいろいろと指導しときますって先生に言っておく。」




いろいろって何…?と突っ込みたくなるのを押さえて、ネズミに笑顔で頷く。




「うんっ!!」




ネズミの口が少し綻んだのが見えた。
そして顔が近づいてきたものだから、心して目を反射的につむったら、唇じゃなくて額に衝撃がきた。





「だから明日、あんたが今日より少しでも出来るようになってたら、ご褒美やるからちゃんと、やっとけよ。」




目を開けるとネズミと額を合わせあって見つめ合う形になっていた。
ふうに、ネズミの灰色の瞳が細まって優しく笑う。




「っな?」




私もなんか嬉しくなってニィッと笑いながら大きく頷いた。




「うんっ!!」




そうしたものだから、ネズミの額と勢いよくぶつかってしまった。




「ぁ痛っ!!」




目の前に星が散った。
額を押さえながらネズミをみやるとネズミも額を押さえていた。




「ごめん…つい…大丈夫??」




心配してネズミを見つめると、




「あんたって本当馬鹿。」




と言ってクスリと笑う。




ネズミといると楽しい。

いつも笑っていられる。


あなたが笑ってくれるともっと嬉しい。



●*●





「ねぇ、ネズミ。ネズミの心に決めたって言う噂の女性ってどんな人なの??」




テストの結果、欠点スレスレではあったが全く出来なかった数学をパスしたミユは俺を神だと崇めた。
そしてお礼をしたいと言って聞かないものだから、今日は二人で街を歩く。




「――――馬鹿で、天然で、笑いのツボが広くて、数学が零に等しいといっていい程出来ない奴。」




ミユは考える仕種をしながら真面目な顔をして呟く。




「…ん〜。ちょっと思ってたのと違うなぁ…。




何でもないことだというのに懸命になる彼女を見ていると、何故だか愛しく思える。




「もっと知りたい??」
「本当〜?!教えてくれるのー??」




街中の道のど真ん中で立ち止まり、ミユはワクワクとでも効果音が聞こえてきそうな程、キラキラした瞳で見つめてくる。




「―――そいつは、危なっかしくて見ていられない。階段からは転げ落ちるし、何も無いところでこけるし…誰に対しても良心的だ。だから、そいつは簡単に騙されたり、からかわれたりする。でも何を言われようとも一度やるって決めたらやり通す――…いい奴だろ??」




問えばまたいつものように、満面の笑みで頷く。




「うんっ!!すっごく素敵な人だと思うっ!!」




その姿や動作…すべてが愛おしいと心で感じているというのに行動は素直じゃなくて…――――




「誰だか、教えて欲しいか??」




どうせ、うんっ!!と彼女が笑顔で頷くとわかっていたから




街中





行き交う慌ただしい人々の中




俺はミユをぐっと抱き寄せて…―――唇を奪った。





あの日の放課後、風になびいた髪を押さえたあの一瞬、あんたを見て俺が確信したことをあんたはきっと知りもしない。


心に芽生えたこの思いを。



ミユの仕種、姿、声、表情―――全てを愛おしく思えた瞬間。




夕日に消え入りそうなあんたを繋ぎとめたくて伸ばした手は空を掴んで―――




『あ…ゴミ付いてるや、私。もう、家帰ったら毛玉取り機でちゃんと取らなきゃね。取ろうとしてくれたんでしょ??ありがとう。』




接吻のタイミングも抱きしめる空気さえ読めない…どこまでも俺の予想を上回る天然さに、俺は込み上げる笑いに身を任せた。








だから、あの時言えなかった言葉を今…ミユに捧げる。





「…どう??伝わった??」




意地悪そうに笑いかけながら、問うと潤んだ瞳でミユは答える。




「…えっと…その…――全然。状況も今起こったことも何だったのか、その…全然。」




困惑した表情を浮かべながら真っ赤になって、唇を押さえるミユを見て俺はクスリと笑ってみせる。




「もう一度、教えようか…??」





ミユ。




さて、あんたは何度目の接吻で気付いてくれるだろうか






あんたをこんなにも愛おしく思う




あんたに奪われた心に。






(2009.12.2)


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あきゅろす。
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