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たなぼた

日が満ちかけ、もうすぐ夕暮れ。



ネズミは、やはり物音一つ立てず地下へ続く階段を降りて家のドアノブに手をかけた。
ドアノブは簡単にクルリと回った。



全く。あんたは何時も鍵をかけない。不用心過ぎる。



ため息を吐いた自分に気付くこともなく、ドアを少し開くと歌声が聞こえた。上手いとも下手とも言えない…ただ楽しんで歌っているのは確かだろう。




「笹の葉さぁ〜らさら〜。野木間にに揺れる〜…」




上機嫌そうにその顔に笑みを浮かべ、何やらごそごそと動いていた。
部屋の真ん中には笹の枝が立てられており――色とりどり…とは言わないが、チラシや新聞で出来る限りの飾り立てが施されていた。


歌の続きを歌いながらくるくると髪を風に靡かせて、何が楽しいのかニコニコしている姿は後ろの笹の枝を飾り、彩付けていた。




「ミユ、ご機嫌だな。」




ネズミはそう呟きながら、クスリと笑った。
部屋の入口に知らぬ間に立っていたネズミの姿にビックリしながら、下手な歌を聞かれたと恥じらい、顔を染めるミユをネズミは笑いながらも薄目を開き、視界にその姿をしっかり収めていた。




「ネズミ!!」




ネズミが笑い止まないのでミユは真っ赤になって言う。
当のネズミがミユのその姿が愛おしくて笑っているとも知らず。




「七夕?西ブロックにはそんな暢気な行事はないぞ。」




ネズミはミユの頭に一瞬、ポンと手を置いて部屋の奥へと進み、纏っていた布を脱いだ。




「…わかってるよー。ネズミがそう言うことも予測済み。でも――」




ベッドの上を見ると織り姫と彦星の神話が載った本が置かれていた。




「今日さ、空がすっごく青かったんだ。だから、きっと夜も綺麗な星空が見えるだろうし。それに…」




ミユは短冊の形に切り取られた紙を大事そうに両手で包み込み、その紙に書かれた願いを見つめていた。




「それに?」
「いや、別に何でもないよ!ほら、どうせこんなに飾っちゃったんだしネズミも願い事、書こうよっ。」




ミユは、慌てたようにベッドに持っていた短冊を裏向きに置き、ネズミの背中を押した。



ネズミの願い事ってなんなのかな?






◆◇◆






「ねぇ。ネズミにはお願い事とかないのー?一つも書いてないけど…」




ミユが除き込んでくる。




「彦星や織り姫に頼めるほど綺麗な願いはないな。」
「なにそれ〜。」




ネズミが一枚も書けずにいる中、ミユはというとその手は一行に止まらない。




「あんたは?」
「私〜?そうだなぁ、例えばぁ…―ネズミがいつまでも元気で過ごせるようにとか、ネズミがもう一割増し優しくなってくれますようにとかぁ…他の人とも仲良くできますようにとかぁ…」




指折り数えて10数枚。どれも「ネズミが…」で始まっていた。




「あんたさ、自分のことは一つも書いてないけどそれでいい訳?」




そうネズミが問うと、ミユはベッドに置かれた一枚の短冊をチラリと一瞬、見詰めたが直ぐにこう切り出した。




「ん〜私はいいかな?満足に生きてるし、なぁ〜んにもしなくったって、どっかの誰かさんにご飯も食べさせてもらってるから十分。」




意地悪く笑う笑顔も、憎めやしない。



あんたはいつも、そうやってふとした仕草で俺を繋ぎとめる。言葉にして言うことはなく行動やその表情で…――



言葉で伝えてくれさえすれば、ミユを必要とするこの心にも理由をつけられるというのに…




「じゃあ今晩、伝えといてやるよ、どっかの誰かさんにさ。『もう飯はいらない』って。」
「えっ。待って待って!伝えなくっていいって。それにネズミに伝言頼むと、酷いことになりそうだからいいよ。」
「ふふっ。決定だな。晩飯抜き。」
「嘘!?酷〜い!!」




ネズミと過ごす時間。



ネズミのことを思ってるとき。



それが私にとっての生きてる時間だ。



それ以外何にもいらない。






◇◆◇






「ねぇ。この辺?」




ミユは手を出来るだけ延ばし、椅子の上に乗って短冊を結び付けていた。




「――いいんじゃない?」
「ちょっと〜、真面目に答えてよね。」




ぷんぷんと怒った様子を尻目に、ネズミはベッドに腰掛けた。



手を着いた先には、ミユの書いたあの短冊があった――――



『織り姫さん、彦星さん。どうかお願いです。ずっと、ずぅっとネズミと…―――




「ねぇ。これでどうかなぁ??」




振り返る瞬間、ミユはバランスを崩し椅子から足を踏み外して―――





ドタンッ





派手な音を立てて落ちたミユがギュット閉じた目を開くと、ネズミの顔が間近にあった。




「あんたって本当、馬鹿でどうしよもないな…」




イテテテ…と背中を摩りながらネズミが悪態をつく。




「うわっ!ごめん。」




ミユはネズミの上に乗っていることに気付き、慌てて飛びのこうとした。







その手をネズミがギュット握り、逃がさなかった。


そのネズミのもう片手にはクシャクシャに握られた一枚の短冊。




「ミユ、こんな紙に願い事、書いていたって叶いやしない。望んでるんだとしたら、自分で確かめてみればいいだろ?」
「え…」




鼓動が速くなる。



ネズミがいつになく、苦しそうに顔を歪め私を真っ直ぐ見詰めた。



その灰色の瞳も容姿も――美しい。



私はその瞳に吸い寄せられ、目を背けることも出来ずにいた。自分でも顔が紅潮していくのがわかる。



でも、私にはネズミの言葉の意味も、その瞳が訴えてる気持ちも感じとれなかった。




すると急に腕に体重がかかり、ネズミがすっと立ち上がった。
そして、家のドアを開けて地上への階段を登る。




「ちょっ…ちょっとネズミ!?どこ行くの?」
「――――あんたには教えてやんない。」




ネズミは先程の表情は何処へ逝ったのやら、今度は意地悪い笑みがその顔に浮かんでいた。



それは反則だよ…。



ネズミのその笑みは、誰もが一瞬にして心を奪われちゃうくらいの価値があるんだから。



そんな簡単に私に見せたら…




「って、痛ッ!?」




ぼーっとして歩いていたら目の前の枝にぶつかった。




「はぁー…。あんたがそんな馬鹿ばっかりやってちゃ、間に合いそうにないな。」




赤くなった額を摩りながら涙の貯まった瞳で俺をれなが恨めしそうに見詰めてくる。




「間に合うって何によ?ねぇ…いい加減どこ行くか教えてよね。」




私が色々と考え込んでる内に、ネズミは私の手を引いて山道を登っていた。




「だって、もう日が沈んじゃうし。ほら、だって、暗くなってきたし…」
「あんた、暗いのが怖いわけ?」




弱みをまた一つ握られた気がして、ミユは胃がキリキリした。

それにまたその愉しそうに浮かべる笑みに、胸が跳ね上がったのを気付かれないように、言い返す。




「ちっ違うもん!!怖くなんかないもんね!」
「へぇー」




そう言ったネズミはずっと掴んでいた腕を離し、意図も簡単に上に登っていく。




「えっちょっと…――」
「あんたはノロマだし、素直じゃないから置いてく。早くしないと日が沈むぜ、お嬢様?」




強がりと悪態をつきながら、険しい山道を一人で登り始めた俺を頼って来ないミユを少し虐めたくなる自分は、世に言うサディエストなのかもしれない…とネズミはひそかに肯定した。



あんたが暗いのが怖くて、寂しがりで意地っ張りなのは、もう知っていた。



ピーマンが嫌いで、俺と正反対に冷めたスープが好きで、魚が好き。



あんたとは食の好みもあわないし、電気をつけて寝るから毎晩明るくて寝つけないし、正直にものを言ってきたことはないし、帰りが遅いと捨てられた子犬のように俺を見上げる―――



あんたがきてから、俺の生活は狂いっぱなしだ。



だというのに、その邪魔な存在を受け入れ、いつの間にか必要としている自分がいる。



そんな自分を嫌悪しながらも、羨ましがっている自分がいる。



どれも俺で、どの思いも、あんたが「ネズミ」と笑って呼んでくれる限り「ネズミ」――…俺のものだ。




だから…




もし願いを叶えてもらえるのだとしたら―――




「ほら。」




手を伸ばせば、ミユが額に汗を滲ませながら笑い、手をギュット握った。




「助けてくれるの遅いよ〜。本当のイジメかと思ったぁ。」
「あんたが自分で何一つ出来ない我が儘お嬢様だから、少し矯正しようとおもってさ。」
「怖いから。ネズミが言うと冗談に聞こえないからっ!」




引き上げて抱きしめれば少し夏の蒸し暑さと、ミユの体温がネズミの身体をもほてらせる。




「ネズミ?」




もし願いを叶えてもらえるのだとしたら―――



その小さな手を強引に奪うことはなく



そっと優しく包み込むことが出来



その華奢な身体を優しく包み込んでやれるだけの暖かさをもち



その表情を曇らせることなく―――



あんたを優しく包み込んでやれる術を俺に。






辿り着いたその先は――山の頂上。
太陽が調度山に隠れ、姿を消したところ。


彼女が言っていた通り、雲一つない濃紺の闇が空を染め、そこには幾千もの数え切れない光りの粒が一つ一つ輝きを放っていた。




「うわぁー…」




後ろから登り終わったれなが歓声を上げる。




「綺麗…。あっ。あれが天の川?」



右から左、何処を見ても満天の星空にミユははしゃぎまくっていた。




「Milky Way――ミルクの流れた跡。それが天の川。あの河を渡ってアルタイルとベガが一年に一度だけ出会える。二人は一年間何を思って過ごすんだろうな…」




ネズミが少し屈んで私と視界を一緒にして顔のすぐ傍で話始める。




「あの鷲座の白色に光っている一番星がアルタイル…彦星。こっち側の琴座の一番星がベガ…織り姫。」




ネズミの息遣いも声の掠れも近いからよく聞こえる。




「織り姫と彦星は星なんだ。だから例え、一番鷲座と琴座の距離が縮まった今日だとしても会えやしない。」
「ぇっ。そんな…」




ミユはネズミの方をみる。ネズミはやっぱり何考えてるかわかんない瞳で天の川を見上げていた。



ネズミの瞳にはなにも映らない。



私は彼に初めて会った時も、彼のことが大好きなんだと気付いた時もそう思った。



でも、私はその瞳に映っていたかった。



反射ではあるけど、彼の瞳に輝くその天の川のように。




「ミユ。七夕なんてものは神話だ。勝手な創り話にしか過ぎない。」
「じゃぁ。じゃぁ、なんで私をこんなところまで連れて来たの?」




七夕が作り話だって知ってても、人の考えを打ち壊したりなんかネズミはしない。




すると、ふわっとネズミのいい香りがしたと思ったら、優しく…――優しくまるで、触れてしまったら壊れてしまうものを包むかのように、ネズミに抱きすくめられた。




「ネズミ?」
「――…じゃぁ、なんでそんな嘘の話を神話だと、信じて人々が短冊にネガイを書くか、あんたにはわかる?」




ネズミがどんな顔してるかなんてわかんない。



でも…ネズミの香りに包まれて気がおかしくなりそう。




「人間が、素直じゃないからだ。短冊というものに願いを込めることで現実から逃げている――あんたもそうだよ。だが、彦星と織り姫の話は幻であって幻じゃない。」
「どういうこと…?さっきは幻って…」
「そんな物語が出来たのは二人のような境遇の恋人がいたからだ。」




ネズミの声のトーンが低くなる。




「でも二人は一年どころか、一生もう二度と逢うことはなかった。擦れ違いや意地の張り合いが原因だった。許された一日さえ、二人は素直になれることはなくて出会えなかった。」




自然とネズミの腕に力が入っていた。




私。わかったかもしれない。



ネズミってすっごく不器用で意地っ張りで素直になれない人なんだね。



まるで私みたい。



私達も織り姫と彦星と同じように擦れ違ってばかりいたんだね。




「――…ネズミ。私ね、本当はあなたとずっとずっと一緒にいたいの。あなたの傍にいられることが私の幸せ。」




私もネズミの背中に腕を回す。ギュットギュット強く抱きしめる。





「そんなこと――…言わなくったってあんたの顔初めて見たときからわかってた。あんたは絶対、俺に惚れるって。」
「なにそれぇー。残念だけど、私はネズミと出会った時、あなたが大っ嫌いだったんだからね!!」




ミユの顔をみると涙を浮かべていた。




「何、急に泣き出してるわけ?ほら、泣くなって。」




ネズミが涙を指で器用に掬い上げる。




「だってぇ…彦星と織り姫みたいじゃない。まるで私達。」




こんなにもあなたが大好きだったのに、伝えられずにいた私が馬鹿みたい。




「あんたでも、素直に泣けるときがあるんだ。不器用で、意地っ張りで素直になれない我が儘お嬢様だとばかり思ってた。」
「酷い。ネズミだって似たようなもんじゃない!」




ミユがプンプンとでも言いたげに見上げてくる。




「ふふっ。あんたと俺達は似た者同士なのかもな。」




ネズミが笑う。




「そうだ。やっと素直になれたあんたにご褒美やるよ。」


「ぇ?」




問い返す暇もなくネズミの顔が接近して、開いた口の中の舌を絡めとられる。




息が出来ない。



頭が…酸素が上手くまわんなくて思考が働かない。




ネズミが大好き。




「っ…はぁ…」




ネズミは耳元でぽつりと呟く。




「ミユ。もう、あんたなしじゃ生きられそうにない








織り姫様。彦星様。どうかお願いです。




ネズミといつまでも、いつまでも一緒にいられますように。




そして大好きなネズミが、ずっと私だけのネズミでありますように。








(2008.12.1)



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