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妹愛し編8




 診療所には、沙都子を12時に迎えに行く約束。
それがそのまま、私の自由時間となり、ひいてはお姉と相談できる時間となる。
……相談とは言っても、鬼婆の家には行きたくないし、呼びつけるわけにはいかないから、電話での相談。
相談半分愚痴半分がその主な内容だ。
 私は、状況をかいつまんで説明したあと、ベッドに腰を下ろし、受話器越しにお姉に苛立ちをぶつける。

「沙都子、なにか言ってませんでした?私の悪口とか、そういうの」

『あのさ、何度でも言うけど、沙都子はそんな子じゃないよ。 悪口なんて言うわけないじゃん。詩音は沙都子に悪い印象持ちすぎだって』

お姉は呆れまじりに言って、私の神経を逆なでする。当然のように反発心が沸いて、苛立ちを言葉にのせる。
「ふぅん、お姉は、沙都子の肩ばかり持つんですね」

『そりゃあ、沙都子はウチの部員だから、部長の私としては、そっちの肩持つよね』

「それじゃなに、沙都子が落ち込んだのは全部私が悪いってわけ?」

『そこまでは言わないけどさ、ちょっとは原因があるんじゃないかって思うよ』

「私に?」

『そりゃまあ、ちょっとくらいは……』

お姉は言葉を濁したけど、意味するとこは明白、全部私が悪いってこと。
よく知らないくせに、私が悪い?
そんなの誰だってそう言う。沙都子が落ち込むのに悪意なんてあるわけないし、相手は年下で明るい奴。
それが私の家に泊まって落ち込んだのなら、私に責任があるって思いたくなるのもわかる。……私だってそう思うから。
わかるにはわかるけど……でも、納得はいかない。
……私だって、色々理由も考えたし、実践もした。それでもわからないから相談してるのに。肝心の理由を言いもしないで、お前が悪い、納得しろ、と言うのは土台無理な話だ。
……沙都子が落ち込むのに悪気がないように、私にだって悪気はないから。責められたって、反駁したくなるだけ。だから答えはこうなる。
「はいはい、私がわるうござんした。お姉のご賢察には恐れ入ります。これでいい?切りますね」
そう言い捨て、受話器を耳から外そうとした時、お姉が神妙な声を割り込ませる。

『あのさ……』

 ……中身はわからないけど、お姉がこういう声を出すときは、一応聞いといた方がいい。
「……何です。いまさら謝るおつもりで?」
『……んと』
……お姉は、私の声に答えず、少し躊躇いがちに口を開く。
『沙都子のこと……まだ許せない?』

「…………」
……それは当然許せない。
 沙都子が悟史くんを追い詰めなきゃ、悟史くんはきっと生きていてくれたから。
 叔父夫婦との暮らしは、きっと息苦しいと思うけれど、でも悟史くんは野球をしたり、上手く相手のご機嫌をとったりして、平静を保ち、今も雛見沢に居てくれたにちがいないんだ。
それが、わがままな沙都子を守るために、しないでもいい喧嘩をして、擦りきれ、ぼろぼろになり、最終的には、沙都子を守ろうと、叔母殺しを実行してしまった。引いてはそれが、悟史くんがいなくなる原因。
……ということは、直接ではないにしろ、間接的に、私と悟史くんの仲を引き裂いたのは沙都子。
あの子が、もう少し大人だったら、悟史くんは追い詰められなかった。
今だってそう、沙都子のことさえ頼まれてなかったら、私は今すぐにでも悟史くんに会いに行ける。
マンションのベランダから飛び降りれば、それで、……悟史くんと同じ場所に行ける。
それはとても魅力的な選択。
死後の世界がどういうところかは私にはわからないけど、行ったら悟史くんの場所を探し歩いてもいいし、もしかしたら……もしかしたらだけど、悟史くんが私を待っててくれるかもしれない。そうしたら悟史くんはきっとこう言う。
「むぅ……僕は詩音に幸せになって欲しかったんだよ。死なないでって言ったじゃないか」
と悟史くんがちょっと困った顔をするものだから、私は不安になりながら、彼に聞くのだ。
「ううん、私は悟史くんのとこがいい、君がいなきゃ幸せになんかなれないよ。だから今は会えて幸せ、でも…やっぱり迷惑だった?」
……そしたら悟史くんは何て答えるだろう。微笑んで、……本当いうと僕も詩音に会いたかったんだ。嬉しいよって……またいつもみたいに頭を撫でてくれるのかな。
そう考えるだけで、何か心が暖かくなる。
……お姉の言葉が私を現実に引き戻す。

『私が言うのもなんだけど、沙都子も、悟史のこと気にしてると思うよ。そろそろ許してあげたら?』

「…………」

 せっかく悟史くんのこと考えてたときに、沙都子のことなんて話したくない。
『聞いてる詩音…?』
「……まあ」
『もしかして怒った?』
「…………」
しばらく私が黙っていると、お姉は、私から言葉をひきだそうと、おずおずと口を開く。
『…………私はさ、詩音が来てくれて嬉しいよ。沙都子と仲良くしてくれたらもっと嬉しい』

「……沙都子とは十分に仲良いと思いますけど」
『そりゃ見かけはね。仲良いよ』
「なら」『でも、私は詩音にも楽しんでほしいの、無理して遊びに来てるなんて、見てるこっちが居たたまれないよ』

「はぁ……お姉がなんていおうと、私は続けます。前にも理由言いませんでしたっけ?」
『悟史との約束だから?』
「……はい」

お姉は反論しようとしたみたいだけど、小さく息をはいて、その言葉を飲みこみ、別の言葉で語り掛ける。
『……ねぇ、詩音、何かこの頃焦ってない?村八分解消したいとか、急に沙都子を泊まらせてみたり……、性急すぎ、悟史だって、そこまで望んでないよ。もっと、ゆっくりやりゃいいじゃん』

ゆっくり…か。私にはそんな時間ない。私が皆を殺し始めるのは綿流しだから……。
お姉は答えてほしそうではあったけれど、私は話したくないから、話題をかえる。
「それよりお姉……沙都子は、どうして落ち込んでるかわかります?」

……話題が変わったのが、唐突だったからか、受話器はしばらく沈黙して、やがてお姉が問いかえす。
『……詩音から見たらどうなの?なんか沙都子にした覚えある?』

「ううん、そんなミスはしてないと思うんです。特に何か言ったわけじゃないし、楽しませるのはもちろん、話題だって沙都子の好きそうなものを選びました。
だから、私には見当もつかなくって……、お姉は何か聞いてません?私の知らない情報」

『んー……。ないよ。沙都子は普段どおり振る舞おうとしてるし、私はなんにも聞いてない。……そうなると、梨花ちゃんに聞くしかないかなぁ。あんたは嫌がるだろうけどさ』

……梨花ちゃまに聞く、それは、たしかに嫌。
私と同じように沙都子の面倒を見てて、それも年下の子に助けを求めるなんて、まるで自分が負けた気分になる。だからあんまり聞きたくない。
……でも、そんな悠長なことは言ってられないのも確かだ。
自分のプライドにこだわって、一番大切な悟史くんとの約束を守れなかったら、それはもう最悪。
できるならお姉から聞いてもらうのが、一番いいけど、相談したのは私だから、自分で聞くことに決める。

「じゃ、……そうします。梨花ちゃまに、助けてくださいって白旗掲げます。はぁー、カッコ悪〜」『あはは、何なら私が聞こうか?』
「これ以上、私をカッコ悪くするおつもりで?自分の責任くらい自分でもてます」

『くっくっく、そ〜お?どっちでもかわんないと思うけど』

「ちぇー他人事だと思って、まあいいです。相談ありり。お姉。
圭ちゃんのことで何かあったら、いくらでも相談のるから」

私がそう言って切ろうとすると、……お姉が、するりと言葉を割り込ませる。
『……あ、電話切る前に一つだけいい?』

「あ、早速圭ちゃんのことで相談?あと30分くらいなら時間ありますけど」

『ううん、ちがう……私が言いたいのは一言だけ』

一言?

「うん、なに?」

『……私たちずっと一緒だからね』

 ずっと一緒……?疑問に思う間もなく電話は切れて、私はため息をつき、受話器を電話にもどす。
そうしてる内に理解する。……お姉もムダに察しがいいな。早くも私がいなくなることに勘づいたか。
……悔しいような、嬉しいような、申し訳ないような複雑な気持ち。
……さて、ちょっと早いけど、沙都子を診療所に迎えに行こっと。








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