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妹愛し編1







……本当にごめん、ごめんね。
もしもね、私、悟史くんにもう一度同じチャンスが貰えるなら。
 もう絶対に選択を間違えないから

「……、っ」

私は声にならない叫びをあげ、布団を跳ね上げる。「は…っは…っ」
動悸は荒れ、呼吸は乱れ、冷や汗が背筋を這いずりまわり、私は追い立てられるように辺りを確認する。
見慣れたマンション、カーテンから差し込む淡い光、街灯の明かり、手には布団の柔らかな感触。
………………私の部屋……?
……夜中だから、暗いとはいえ、目の前にあるのは、確かな現実感……、今まで見ていた夢と、同じくらいだったけど……、でもここにも確かな現実があって……、事態が把握できずに薄暗い室内に幾度となく視線を這わせる。
見慣れた内装、どちらかと言えば飾り気がなく、機能的な私の部屋。……眠る前と何もかわらない。
そこまで確認するとやっと落ち着く……。
……どう見てもマンションから落ちてなんかないし、頭も痛くない。
じゃあやっぱり……今のは夢…?夢だよね?あははは、そりゃそうだ。あんなのが現実なわけない。夢だゆめゆめ……。
私が、お姉や皆を殺す……?悟史くんの妹を殺して、挙げ句、マンションから足を踏み外して転落死…?
ないない、私そんな頭おかしくないし、惨殺なんて吐き気がする。至って正常……、悟史くんとの約束だって………………。……ん……覚えてる、ちゃんと覚えてるよ。悟史くん。妹のこと頼むだったよね、……夢で見たからじゃないよ、今はまだほっときぱなしにしてるけど……、覚えてるから、嫌いになっちゃやだよ……。
…………でも、どうしてだろう…、……沙都子の腕を刺した時の、ナイフの感触が手に残ってる……。 お姉をううん『詩音』を井戸に落とす時の、懇願するような表情がマブタに焼き付いてる。悟史くんの……私を責める眼差しが……。
思い出すだけで寒気と震えが這い上がって、私は身体を抱える。
私は本当にやらない?夢みたいに皆を殺したりしない?
やらない、やらないよ……沙都子のことは、それはこころよく思ってないけど、それでも殺すほどじゃない。
ましてやお姉…?するわけないでしょ、殺すわけないじゃない。首締めたことは一度はあるけど……、それに、圭一ってだれ?そんな人の話聞いたことない…、夢だよ夢、ゆめゆめゆめゆめゆめ、だから、呆れないで悟史くん……、私は約束を破ったりしてない。夢だから、夢なんだよ、ゆめゆめゆめ。

…………長い時間、その言葉を繰り返していると……、やっと震えが止まって、代わりに別の感情が這い上がってくる。きゅうっと息の根がつまって、まなじりに熱さが込み上げる。
それは悲しみ…悲しみの奔流。
夢のせいで、気づいてしまったから……、知りたくなかった事実に……
とてもじゃないけど、もう一度寝直す気がしなくて、ベッドからおり、机の上のライトスタンドを点け、二段目の引き出しを開ける。
引き出しの中には、伏せてある写真立てがあり、それを表に返すと、野球のユニフォームに身を固めた悟史くんが、瞳に映る。
…………興宮のグラウンドで笑ってる悟史くん、ホームインしてベンチに戻ってきた瞬間の笑顔を私が切り取ったものだ。
悟史くんはカメラをみると、笑顔が硬くなるから……、自然な笑顔を撮るのはちょっと苦労した。
……私が悟史くんと過ごせた日々の中で、結局写真に残せたのはこの日撮ったものだけ、……親たちを呼んでの公開試合の時、恥ずかしがる彼をカメラで追い回した時の写真。
普段はカメラなんて持ち歩けないし、これが私の限界だった。

今の夢がほんとなら…、悟史くんは死んでいて、もう迎えに来てくれないってこと……、ううん迎えに来てくれるとしても、それは天国とか、来世とか…そういうおとぎ話になってしまった…。そういうことで……。
……なにそれ…………、もう私は生きてても悟史くんに会えないってそういうわけ?夢の中での沙都子みたいに、がんばってれば死んだ時、悟史くんと笑い会えるって?なにそれなにそれ、バカみたい。そんなの見せて私に何を求めてるの……?
それならもう生きていたくなんてないよ。君のいない場所で生きる意味なんてないよ。今すぐ君のとこに行きたい……。
机に額を埋めて泣いてると、泣き腫らした目に、ぼんやりと机の上のスタンガンが目に映る。
……ベランダの欄干に腰かけて、スタンガンで気絶すれば……落下して苦しまずに……逝けるね。
……ありがと悟史くん、夢で教えてくれて、このまま生きてたらああなっちゃうんだね。だから、教えてくれたんだね。詩音は鬼にならないでって
うん……、わかった……、まだ私は、何も間違えてないから……。復讐なんてしないよ。……ありがと、悟史くん。
……悟史くんのとこに行くね。
……スタンガンを持って、ベランダの窓を開けたとこで、ふとその手が止まる。
……むぅ…………って、悟史くんの困った声が聞こえた気がしたから……

むぅ……?どうして困るの…?私も悟史くんと同じ場所に行くんだよ?……困るなんてひどい…、ひんやりとした夜風が思考を冷やす……………………あ……、まだ私、悟史くんとの約束守れてない。
……妹のこと……頼むって……、どうして?どうしてそんなこと私に頼むの…?
沙都子の面倒なんて見たくない……、悟史くんのとこ行かせてよ。





「……もしもし、お姉?」

「ん…どったの?詩音、こんな真夜中に」

受話器越しのお姉の声は眠たげで、不機嫌そうだ。当たり前か……
でも私はそれに構わずに告げる。

「私、明日から、お姉のガッコに顔出すから」
「へ?ダメだよダメダメ、詩音は来ないでー」
そういうと思っていたから、それには構わず話を続ける。
「……それで、聞きますけど、去年の鬼婆との約束はまだ有効……?」

お姉は、もう一度、来ないでって言おうとしたみたいだけど、私の口調から無駄を悟って、仕方なく、反論を諦めたらしい。
「あ…えっと、ちょっと待って、頭回ってない……、婆っちゃとの約束って爪剥がしたあとの奴だよね」「うん」
お姉は、ほんの少し考えたあと、もう来ても大丈夫、と言ってくれる。鬼婆に聞いたら駄目って言われるだろうけど、言わない分には目こぼししてくれるらしい。
……私と鬼婆との約束というのは、ほとぼりが冷めるまで雛見沢に顔出すな、というもの。
去年の葛西の話では、年内は行かない方がいいということだったけど、今は次の年の4月。
…昭和58年の4月だから、もう大丈夫なはず、でも、念のため確認しておかないと、あとあと恐い。
よって、その確認をしたというわけ。私が雛見沢に行ってもいい確認を……。
お姉の了承を確かめ、私は受話器を置く。
悟史くんの妹……、沙都子だっけ……、あまりいい印象はない。悟史くんに甘えて庇わせ、そのくせ叔母に反抗し、悟史くんを苦しめた……最低の妹。夢では反省してたみたいだけど、実際にはどうだか。
だけど、悟史くんとの約束だから面倒をみなくちゃならない。……どのくらい面倒をみれば、悟史くんに会えるのかは、私にはわからないけど、……でも、約束だから……
……とりあえず明日、お姉の学校に行こう。








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