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つみほろぼしは遥かとおく1





みにくいアヒルの子は泣くことはないの。
自分がアヒルの子だと思えているのなら

醜くったって泣くことはないの。
いじめられても帰る場所はあるのだから

だからね、あなたは泣いていいのですよ?
白鳥の子の、帰る泉はまだ見つからない。






        Frederica Bernkastel












「あ、あのね、魅ぃちゃん。今日は一緒に宝探しに行かない?新しい山が見つかったんだよ!だよ!はううっとーってもかわいいのっ」

私は、明るくそう言ったけど、魅ぃちゃんはいつものように、否定の意をこめ、手をぱたぱた振る。「あー、悪いおじさんはパスだわ、用事あるし」

「……用事?」
今は下校中で、外は青空、暖かい陽の光が穏やかに空気を澄ます。魅ぃちゃんの青空に負けない笑顔と、カラリとした声。

「まあ色々ね、ほら婆っちゃがうるさくてさ、お稽古お稽古でやんなるったら」

お稽古……、これは嘘、魅ぃちゃんは宝探しは不潔だから、来たくないだけ。
だから今まで誘っても、一度も来てくれたことがない。あ……ちがうや、一回はあるかな。最初の一回目、でも嫌そうな顔して、すぐに帰って、それからは来てくれたことはないから……来てないのと同じ、それはちょっと寂しいけど、いつものことだから、私は笑顔を作る。

「うんっ、なら仕方ないね。レナがぜーんぶ独りじめ〜〜☆魅ぃちゃんには分けてあーげない」
「あはは、ったく、レナのその探求心はどこからくるんだか、毎日毎日よく飽きないもんだとおじさん感心するよ」

「はううー、だってかぁいいんだもん。いっくらでも」そこで魅ぃちゃんはニヤリと笑って『お持ち帰りぃぃーっ!』って声をハモらせてくれる。
私は嬉しくて魅ぃちゃんに何か言おうとして、口を開きかけ…、丁度その時魅ぃちゃんがお別れの挨拶をする「じゃね、レナ。ゴミ山から落っこちないように気をつけなよ」
じゃあね…?言われてハッと辺りを見回す。視界に、魅ぃちゃんと別れる水車小屋と二又の道が瞳に映る。
片方は山あいに入っていく、秋のモミジが溢れる紅葉の道、魅ぃちゃんの帰り道、もう片方は、私の家に繋がる民家や田園地帯の道。
あ…………、そっか、もうお別れの時間……、明日まで一人か。私はその寂しさを埋めるように明るい声を返す。
「うん、また明日ね、魅ぃちゃん」「ほーいほい」
私が手を振ると、魅ぃちゃんは、手を何度もふってから帰っていった。
……私はその背中が見えなくなるまで見送ってから、すぅっと息を吸って、自分に言い聞かせるように呟く「新しい山〜、新しいお山〜、どんな、かぁいいものが見つかるかな、かなぁ、楽しみ〜☆はうっはうっはうぅぅ」





「ただいまーっ」私はお持ち帰り〜☆した幾つかの小物を両腕で抱えて、家の戸を開ける。
家の中はいつものように真っ暗で何も見えなかったから、私はいつものように、弾んだ動作で玄関の暗い壁に手を這わせ、明かりを探す。明かり明かり、……あ、あった。暗い中、指の先にスイッチの硬い感触。それを押す。
パチ…………………カっカっ、しばらくして、ピンっと明かりがついて、電球のオレンジの光が玄関先を照らし、玄関が姿を表して、石畳の中に並んだ、お父さんの靴が目に入る。
お父さんがいつも履いてる靴……
やっぱりお父さんいるんだ。電気くらいつけてほしいけど、いつものことだから、気にせずに靴を脱ぎ、小物を置いて手を洗ってから、居間に行くことにする。
きっとまたぼんやり座ってるんだろうな……。

居間につくと、私は居間の灯りを点け、お父さんの方に近づいていく。お父さんは窓際の椅子に座っていた。
私はこの居間があんまり好きじゃない。
……居間には、前の家で使っていた調度類が並んでいて、どうしても前の家と同じような印象を受けてしまう。あの人の…母の匂いがする部屋。
せっかく引っ越したのだから、私は全て捨ててしまいたかったのだけど、お父さんがそれには強く反対したから、どうしても無くすことができなかった。その上、小物すら置かせて貰えなかったから、だから、居間の家具は箪笥からテレビまで、引っ越す前とほとんど同じ。
……お父さんはそんな昔の思い出の残る部屋の椅子の上で肩を落とし、暗い窓の外をみていた。
その様子は私が近づいても変わることはなくて、……私が入ってきたことにも、灯りが点いたことにも気づいてないみたいだった。
私はお父さんの肩越しにひょっこり顔をだし、明るい声を掛ける。

「お父さんっ、ただいま〜〜☆」
「…ああ、礼奈か。お帰り」

 返ってきたのは、窓の外と同じ、暗く、虚ろな声……、それを聞くと、私の心も沈みそうになる。
お父さんは、離婚してからずっとこう。
生きることに無気力になって、引っ越してからは、ぼんやりと家で過ごすようになった。
仕事もせず、家事もせず、かといって、遊び歩くでもなく。
部屋で、グスグスと思い出に浸り続け。無気力に怠惰に時間を浪費するだけ……、お母さんのことなんて忘れてしまえばいいのに、それができず、未練を引き擦り続けているようだった。
こんな生活させていたら、ダメになってしまうのはわかっているし、お父さんにはちゃんと働いて、ハツラツとした生活習慣を取り戻して欲しかったけど、……私には、離婚を防げなかった負い目があるから、言うのは躊躇らわれてしまう。
お父さんがこんな風になった一端は、防げなかった私にもある。それに離婚の時の多額の慰謝料は残っていたから、生活には困らないし……
だからせめて、お父さんを元気付けてあげたくて、色々なことをしてみたけど、いままで一つとして上手くいかず、笑顔の一つ見ることはできなかった。
だから、私はせめて、……お父さんがこれ以上暗くならないように弾んだ声を掛ける。これもいつものこと
「お父さん、お夕食なにが食べたい?今日はかあいいものたくさんたっくさんあって嬉しかったから、何でも作ってあげたい気分なんだよ?だよ?」

「ん……、今はそんなに食欲がないんだ。礼奈の分だけでいいぞ」

「あはは、またそんなこと言って〜、本当は唐揚げ食べたいんだよね?それとも炊き込みご飯?」
「…………」
「はうぅ、じゃあ炊き込みご飯にしよっかなぁ、お父さんの好きなシメジがあるんだよ。美味しいの作るから待ってて」
「………………ああ」
お父さんの声が、涙をこらえるような鼻声になったから、私はどうしたらいいかわからなくて、台所に逃げ込んで、お夕食を作り始める。

それからしばらくして、お父さんの好きなシメジを使った炊き込みご飯と、お父さんの好きなオカズを何品か作って、食卓に並べてみたけど……、お父さんは喜ぶことはなく……、まるで心をどこかに放り出してしまったように、淡々と食事をし…すぐにそれを終えた。
たいして箸もつけてくれなかったし、あんまり嬉しそうじゃなくて、なんだかがっかりしてしまったけど、私はまたできるだけ笑顔を浮かべながら、足取りを弾ませ、ほとんど中身の減ってない食器を片付け、台所から、明るい声で、明るく他愛ない話を投げ掛けてみる。
「そういえば今日、沙都子ちゃんが、とってもかあいかったんだぁ、私と魅ぃちゃんと梨花ちゃんと沙都子ちゃんの四人で部活したんだけどね」
顔の見えない台所からだけど、それからしばらくの間、口が疲れるくらいに、いっぱい話題を振って振って……、投げ掛けたその分より少なく、お父さんから投げやりな相づちを貰って、………すぐに言葉がなくなる。あと話してないことは……んーと何かあったっけ。
幾つか話せそうなことは思い出したけど、その前にチラッと台所から顔をだして……お父さんの表情を確認してみる。私はお父さんが、辛そうに顔をしかめてるのをみてとると、諦めて口を止め、ただひたすらに作業に没頭し、手拭きで手を拭いて、居間を出る。
んー、やっぱりうまくいかない。なかなか笑ってくれないや。お父さんは今、あの人のことで頭がいっぱいだから、私のこと見えてないみたい。こんなお父さんはいつまで続くのかな、ずっと続いたりして……
あはは、でも大丈夫、お父さんもすぐに元気になる。私が笑っていれば、すぐに元気に
だって、私はレナなんだから……、イヤなことなんて何もない。私はイヤなことを捨てたから、私は今幸せなんだ。
……それでも、私は寝る前に、今日拾ってきた割れた指人形に、そっと悩みを打ち明けてみる。
「どうしたら、お父さん昔みたいに笑ってくれるかなぁ……、……えへへ、お父さんね、私の声を聞いてくれないから、手詰まりなんだよ、だよ。……え?うん、そうかも……、ありがと、時間が経てばきっと大丈夫だよね」
……指人形に話し掛けても、返事はないけど、打ち明けるだけでなんとなく落ち着く。
私の部屋には、ダムの廃棄場に捨てられたモノたちが今も静かに息づいていて、足の踏み場もないくらい、……でも、彼らに囲まれていると、私の心はそっと落ち着いて、なんだかほんわかする。
今の私にとっては、この時間が一番幸せな時間……、まだ引っ越して来て半年……、近頃まで悟史くんのこともあったからゴタゴタしていて、まだまだ、皆に受け入れられてる気がしない。
魅ぃちゃんとももっと仲良くなりたいし、沙都子ちゃんや梨花ちゃんとももっと友達になりたい。
早く馴染まないと……。











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