過去拍手 醒夏 番外A 「セイ、お前……何で!?」 強い力で手首を引かれ慌てて脚を進めながら、聖一へと言葉を掛けるが彼からの返事はない。エレベーターで下へと降り、エントランスから外に出ると、乗って来た車の前に小林が立っていて、そこまで辿り着いた所でようやく彼は口を開いた。 「歩いて帰る。小林は先に戻っていいよ」 それだけ告げると聖一はまた手を引っ張って歩き出し、その行動に流されながらも貴司は頭を下げる小林に、 「ありがとうございました」 と振り返って礼を言う。 ここまで来る道すがら……貴司は初めて小林と、二人きりで話をした。 『聖一様が笑う姿を、貴方の部屋で初めて見ました』 いつも寡黙な印象通り殆ど口は開かなかったが、その言葉に、彼も聖一を案じていると分かっただけで貴司の心は温かくなった。 さっきの事には驚いたけど、理由はどうあれ聖一がここに来てくれたという現実が、貴司にとっては重要で……。 「セイ、手を……離してくれないか?」 黙々と歩く聖一の後へ小走りで付いて行きながら、周囲の視線が気になってしまい貴司がそう口を開くと、チラリとこちらを振り返ったが解いてくれる素振りは無い。 「セイ」 「ダメ」 もう一度言おうとするが一言の元に切って落とされ、仕方なく……貴司は諦め小さく息を吐き出した。 それにしても。 ―――なんで、車で帰らなかったんだろう。 一緒に外に出る事はあるがこんな事は初めてで、貴司は内心戸惑っていたが嫌だとは思わない。 ―――この手だけ、離しれくれれば。 手を繋ぐのは嫌いじゃないけど、やっぱりどうにも恥ずかしい。 「……もう少し、ゆっくり歩いてくれないか?」 流石に息も上がって来たから貴司がそう伝えると、そこでようやく気がついたように聖一が歩く速度を緩める。 「ごめん、気付かなかった」 口端を上げて振り向く姿に気付いてたんだと分かったけれど、敢えてそこには触れる事無く貴司は息を整えた。 「セイ、来てくれてありがとう」 どうせ来るなら最初から一緒に来れば良かったのに……と、思う気持ちは飲み込んだ。彼にはきっと彼なりの、考えがあって行動したのだろうから。 「でもお前、どうやってマンションに入ったんだ?」 「ああ……前住んでた部屋、まだ俺の名義だから」 「……そうだったんだ」 嫌な過去が頭に浮かんで自然と声が小さくなる。 「ごめんね」 横に並んだ聖一の顔は今度は笑みを消していて……真剣な表情に貴司の胸がツンと痛んだ。 「……ヒナちゃん、俺見て震えてた」 「え?」 ゆっくり歩を進めながらポツリと言葉を放った彼に、思わず聞き返したけれど答えが欲しい訳じゃ無い。 あの時貴司は混乱していて周りが見えてなかったが、聖一がそう言うのならきっと間違いないのだろう。 「……ごめん」 今度は貴司が謝る番だ。 日向を怯えさせてしまう事は十分予測出来たのに、自分の都合と気持ちだけを優先させてしまっていた。 「何で貴司が謝るの?あれだけの事したんだから、"あいこ"なんかじゃ済まないでしょ?」 「だから……」 日向の事を考えて、あんな風に現れたのか? そう訪ねようと口を開くが、言葉が上手く紡げない。 「違うよ、また浩也に殴られたら痛いでしょ?そんなカッコ悪い所、貴司にはもう見せたくないし」 貴司の心を読み取った彼はまるで何でも無い事のように軽く返して来るけれど、口許の僅かな歪みに気付けない程今の自分は馬鹿じゃ無い。 「セイ」 また謝れば重くなる。 だから貴司は自分の手首を掴んでいる聖一の手を、自らのそれを捻るようにしてギュッと強く握り締めた。 「俺が……居るから。俺の前で、強がらなくていいから」 歩いて帰ると言いだしたのも、きっと気持ちを落ち着かせようとしたのだろう。 せめて自分と二人の時には心を見せて欲しいと願い、貴司がそう伝えると、一旦スルリと離された手が今度はきちんと掌を握り込んできた。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |