過去拍手 醒夏 番外@ 「謝って、済む事じゃ無いと思うけど……本当にごめんなさい」 「そんなっ、頭を上げてください。僕、もう大丈夫ですから」 玄関の土間に膝を付き、頭を下げてそう伝えると、慌てたような上擦った声が頭の上から聞こえて来る。 だからといって「はい、そうですか」で済ませるなんて出来なくて、貴司はジッと俯いたまま掌をグッと握り込んだ。 「本当は、もっと早く来なくちゃいけなかったのに、遅くなってしまって」 「本城さん、顔を上げて下さい。俺もヒナも、そうゆうのは望んでないから」 降って来る低く落ち着いた声。 これ以上は相手を恐縮させるだけだと思った貴司がおずおずと顔を上げて見ると、寄り添うように立つ二人が視界の中に入って来た。 聖一との関係が、変わった夏から約半年。 高校三年だった彼は大学へ進む為に、この春東京へと引っ越す。 それに合わせて貴司もようやく東京で職を探す事を了承して貰えたけれど、現状は……外出さえもままならない状況だ。 「立って、中に入ってください」 困ったように眉尻を下げる日向に半ば促されるように貴司がそこから立ち上がると、浩也が「どうぞ」と付け加えるが、それは出来ないと言葉を返す。 「ありがとう。でも、上がらせて貰う訳には行かないから」 謝罪をして、幸せそうな姿を見れたから安心したと、貴司が二人に向かって告げると日向の顔が少し曇った。 「あの、本庄さんは……大丈夫なんですか?」 「え?……ああ、あの時は本当に世話になったのに、そのお礼も言わなくて……ありがとう、もう大丈夫だから、ホントはセイも連れて来たかったんだけど……ごめんなさい」 会わせる事で日向が怯えてしまいそうだから来なかったのだと、そう言うつもりで来たのだけれど、いざとなると嘘がつけずに貴司はただただ謝罪する。 「本当に、大丈夫ですか?」 念を押すように日向に問われ、逆に心配させてしまっと申し訳なく思いながら貴司はしっかり頷き返す。聖一を連れて来られなかった自分が情けなくなった。 何日か前、聖一に……東京へ行く前に彼等へ謝罪したいと話しをしたら、 『浩也とは、"あいこ"だからしなくていい』 と言われてしまい、ならば一人で行くと告げたらそれも駄目だと突っぱねられ、問答の末に結局貴司は一人で部屋を後にした。 こんな事は初めてで……本当は、理解してから一緒に来ようと思っていたけれど数日を掛けて説得する内、引越しが明日にまで迫って、貴司としてもこうする他に方法がまるで浮かばなかった。 マンションの場所も知らないままに部屋を飛び出した貴司だったが、出た所に居た小林が、何故か貴司を車に乗せてここまで運んで来てくれて、こんな事をして平気なのかと貴司が不安になって尋ねると、心配無いと返されたけれど実際の所どうなるのかは分からない。 ―――きっと、分かってくれる。 これまで築いて来た関係が崩れる危険は感じたけれど、この件に関してだけは引くつもりは全く無かった。 「会えて良かったです。いつか……聖一と必ず一緒に謝りに来ます。大学受験、頑張ってください」 これから三年生になるという二人にそう伝えると、貴司は深くお辞儀をしてドアノブへと手をかけた。 長居をする物ではない。 「セイの事、好きなのか?」 そのまま出ようと思っていたのに、ふいに後ろから掛けられた声に貴司の胸がドキリと鳴る。 首だけ回して後ろを見ると、真剣な表情をした浩也と視線がぶつかった。 「……好きです」 過去は消せやしないけれどそれでも彼が好きなのだと、そう気持ちを込めハッキリ告げると浩也は僅かに頬を綻ばせ日向は頬を紅く染める。 それを見たら、貴司も一気に恥ずかしくなって顔に熱が集まった。 「過去は消えない。けど、未来は……上手く言えないけど、本城さんは此処に来て、僕らに謝ってくれました。貴方の好きな人を……一瞬も恨まなかったと言えば、嘘になります。でも、それでも……本城さんが幸せになってほしいって、綺麗事って言われるかもしれないけど、思ってます。忘れる事は出来ないけど、赦すって決める事で、僕は前に進めたから……」 「ありがとう」 言わんとしている事が伝わって眦が熱くなってくる。 どうにか涙を堪えた貴司が再度二人に頭を下げると、 「セイに……よろしく」 と答えた浩也が日向の肩へ腕を回す。 聖一の遊び仲間だったという、浩也が日向をどう支えたのか知りたい気持ちが涌いて来たけど、慈しむような態度が全てを物語っているような気がして……貴司は言葉を飲み込んだ。 「必ず伝えます。今日は突然、すみませんでした」 もう一度お辞儀をしてから貴司がドアを押し開くと、外に人の姿が見えて思わず息を飲み込んだ。 「あ……え?」 驚きに目を丸くした貴司はろくな言葉も発せないまま、肩を掴まれクルリと後ろを向かされてしまい……内心激しく動揺する。それは日向も同じだったようで、驚いた顔が正面に見えた。 「セイ」 笑みを消した浩也が日向を庇うように一歩出る。 その声に、見間違えでは無かったのだと理解した貴司は、どうして彼が此処に来たのかを問おうと息を吸い込んだ。 「セイ……」 「申し訳ありませんでした」 後ろから強く抱き込まれ、深く礼をする聖一に合わせて自分の身体も下を向く。 そして……体を起こした聖一は、相手の返事も聞かない内に貴司を連れて部屋を出た。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |