過去拍手
醒夏 番外A
「待たせちゃった?」
「いや、今着いて、電話しようかと思ってたとこ」
雰囲気が……二人の時とは違う気がして、顔も見れずにそう答えると、「そう」と言った聖一の指が貴司の頬に軽く触れる。
「聖一の友達?」
横合いから聞こえて来た高い声に顔を向けると、可愛い女性が興味深そうに貴司に視線を向けていた。
「え?俺は……」
気付けば周りを何人かの大学生に囲まれていて、うろたえながら答えに詰まると聖一が……伸ばした片手で貴司の肩を抱き込んだ。
「なっ」
「俺の恋人。そうゆう訳だから、また明日ね」
目を丸くする友人達に綺麗な笑みを向けて告げると、状況を理解出来ないままに固まっている貴司の肩を押すようにして歩きだす。
どんどん顔に熱が集まって、いたたまれずに下を向くと、クスリと喉で笑う声が頭上から響いてきた。
「セイ、お前あんな事言って……」
「スーツ、良く似合ってる」
自分の声を遮るように言葉を上から被されて、思わず隣を仰ぎ見ると……柔らかく微笑んでいる端正な顔が目に映る。
「あ、ありがとう……ってそうじゃ無くて、明日ちゃんと冗談だってフォローしとけよ」
「何で?」
「何で……って、セイの友達なんだろ?絶対変に思われた。あとこれも」
言いながら、肩に乗っている聖一の手から逃れると、不思議そうに首を傾げて彼は一旦立ち止まった。
「友達?貴司にはそう見えた?」
「……違うのか?」
「うーん。どうかな?まあいいや、貴司は冗談にして欲しいの?」
「それは……俺達が分かってれば良い話だろ?世間的にはマイノリティなんだから、噂にでもなったらセイが困るって思うから……」
聖一との関係を、やましいなんて思ってないが、だからと言ってオープンになど出来る勇気は持っていない。
そうゆう意味だと伝えたくて、必死に言葉を紡いでいると、今度は通行人の視線が肌にチクリと突き刺さった。
「歩こう。お前、目立ち過ぎる」
黙っている聖一の方へ思い切って視線を向けると、想像とは裏腹に薄い笑みを浮かべている。
「分かった。夕飯には早いから、ちょっと買い物付き合って」
「ああ、えっと……」
「分かってるから」
先に歩みを進めた聖一に掌をスッと掴まれて、慌てて後を付いて行きながら動悸が更に高まった。
分かったなんて言いながら……結局手を繋がれてしまい、たちまち羞恥が込み上げて来るがそれを振り払う事は出来ない。
急に怖くなったのだ。
今まで常に二人の世界で過ごして来てしまったから、外での彼を知る機会が全くといって良いほど無く、話に聞くのと目にするのとでは感じ方がまるで違うと、さっき貴司は身を持って実感する事となった。
『聖一の、友達?』
親しげに話しかけていた女性の事を思い浮かべる。
―――あれは……友達、なんだよな。
呼び捨てにする間柄だと考えただけで胸の奥がモヤモヤした。
「貴司の"普通"に合わせないと、一緒に出掛けて貰えなくなっちゃうからね」
溜息混じりの聖一の声が耳を打つ。
呆れられたと思ったら、目の奥がツンと痛くなった。
「ごめん」
上手い言葉が浮かんで来なくて、貴司は謝罪を口に乗せる。
「違う、謝って欲しい訳じゃない。ただ、少しでも貴司に合わせたいって……そう思ってるだけだよ」
キュッと指先を握り締められて少し心が軽くなる。
「うん……ありがとう」
とりあえず……羞恥とは違う感情には気付かぬフリをする事にして、聖一の指を握り返すと優しい笑顔を向けられた。
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