過去拍手
醒夏 番外@
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
靴を履いた聖一に、いつものように声を掛けると、振り返った彼の唇に触れるだけのキスをする。
チュッと音を立てられるのは、毎度の事だがなかなか馴れれずに頬に熱が集まった。
そんな貴司に
「可愛い」
などと聖一はいつも言って来るが、そんな事ありえないと自分が一番良く分かっている。
彼の綺麗な顔を見れば、何で自分を選んだのかと今でも不思議に思えてしまう。
―――止めよう、信じるって決めたんだ。
パタリと閉まったドアを見つめ、不毛な思考を遮るように軽く頭を左右に降ると、貴司は小さく息を付いてからリビングへと踵を返した。
見送りが済むと家事をこなし、夕方になると食事を作る。
そんな、主婦のような生活を送ってきた貴司だったが、今日は珍しく予定があるから一通り家事を終えた後、買ったばかりのスーツを身に着け身嗜み(みだしなみ)を整えた。
「よしっ」
東京に引っ越してから三週間。
その間……貴司は何もしていなかった訳では無く、聖一の通学時間に合わせて職を探していた。
今日はその面接で、受かれば社会に復帰出来ると思えば肩に力が入る。
「ん?」
出掛けようと思った所で携帯電話が音を立て、鞄を探って取り出して見るとメールが一件届いていた。
『面接、頑張って』
直ぐに中身を確認すると一言そう書いてあり、就職には反対していた聖一なりの心遣いに、貴司は頬を少し緩めて『ありがとう』と返事を打つ。
自分の方が大人なのに、聖一ばかりに頼るような生活になっていまっていて、せめて金銭的な所は自立したいと思って来たから、彼から届いたメッセージは……それを分かって貰えたみたいで胸がじわりと熱くなった。
****
「ここ……だよな」
面接が終わった所で聖一から電話が来て、大学も丁度終わったからと待ち合わせをする事になった。
指定の場所は大学の東門との話だったが、こんなに人の出入りがあると見付けられるか不安になる。
「そうだ、電話……」
普段ほとんど使わないから忘れがちになっていたそれを、スーツのポケットから取り出して、開こうとしたその瞬間。
「あっ」
門の向こうに本人が見えて貴司は思わず声を上げた。
―――やっぱり、目立つよな。
何人かに周りを囲まれ薄い笑みを浮かべる姿は、まるでそこだけ映画のような別の空間に見えてしまう。
「貴司」
呆けたように見詰めているとこちらに気付いた聖一が、手を振りながら近付いて来たから貴司はハッと我に返った。
.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!