嵐の後の夜空はやけに高かった 小さな森の傍。 そこでフランツ達は一旦休憩する事にした。 術を使わされたイオンの顔は真っ青で、歩き慣れていないルークの足も限界だったからだ。 「カイツールまで行けばヴァン謡将が待ってるさ」 タルタロスにて派手な登場を決めたファブレ家の使用人のガイは、そうルークに笑いかけた。 カイツールでルーク保護の知らせを聞いたガイは、軍人のヴァンより身軽、という事で迎えに来たそうだ。 そのガイの言葉に、まるで今までの疲れを忘れたようにルークの目が輝く。 (使用人、なぁ…) フランツは少し離れた場所から彼等を眺めながら、内心呟いた。 記憶喪失となったルークを教育したのも彼だという。一介の使用人が、だ。 やはりファブレ家は少しおかしい。 そして、ガイも。 本当にごく稀に、それもほんの一瞬だが彼のルークを見る目が曇るのだ。 主従や親友の間柄では決して見る事のない、色。 罪悪を感じる光。 (それに、あいつ何処かで…?) 彼を何処かで見た気がする。もしかしたら似た誰かなのかもしれないが、引っ掛かりを覚えた。 ガイの方もそう感じているのか、自己紹介をした時に怪訝そうにこちらを見ていた。 (何にしろ気を付けるに越した事はない、か) 「そうですね」 「!?ぎゃあ!!」 突然、隣に現れたジェイドにフランツは間の抜けた声を上げる。 ジェイドはというと何でもないかのように、大丈夫ですか?とのたまった。 「心読むなよ…びっくりした…」 「貴方の考えなんてお見通しですよ。帰還した時に少し調べてみましょう、彼の事。…それより大丈夫ですか?」 「心臓が飛び出るかと」 二度目の問いに答えれば、頭を殴られる。どうやら違う事を聞いていたようだ。 「グランツ謡将ですよ。もしかしたら貴方の顔を知っているかもしれません」 フランツ…ピオニー自身はヴァン・グランツと会った事が無い。だが立場が立場だ。何処かで知っていてもおかしくはない。 「あー…何とかなるだろう。さすがに皇帝がこんな事してるなんて思いもしないさ」 そう笑えば、本当に、と地を這うような冷たい声が返ってきた。 ・・・・・・・・・ 「タルタロスに追い付いたもののどうしようかと思ってたら、ルーク様を迎えに来たっていうガイに丁度出会って…」 いつの間にか、話は導師救出時へと移っている。 ねー!と猫なで声を上げるアニスをガイは少し引きつった笑みで見た。 女性恐怖症を面白がった彼女に、先程抱きつかれたのが原因だ。人生を半分損していると思う。 「そうしたらルーク達が出てきたから二人で助太刀したってわけだ」 「うんうん、イオン様大丈夫でしたか〜?」 むしろタルタロスから落ちたアニスの方が大丈夫か、とは誰も口に出さない。イオンも笑って頷くだけだった。 「そういやイオンは何処連れて行かれたんだ?」 ルークがミュウの耳を引っ張りながら(横でティアが怒っている)尋ねる。 イオンは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。 「それは…教団の機密に関する事なので教えられません」 ケチくせーと愚痴るルークに謝るイオンは、それでも話さない。連れていかれた場所はそれだけ教団にとって重要な場所らしい。 (六神将は戦争が目的ではない…?いや、もう一つ目的があると考えた方がいいのか?) そう首を捻った時だった。 ジェイドが槍を取り出し構える。 はっとしてフランツは周りを探るが、既に殺意を持った気配に囲まれていた。 「気を付けろ!」 ルークの前にガイ、イオンの前にアニスがそれぞれ飛び出る。それと同時に信託の盾兵が数人、襲い掛かってきた。 (六神将がいないだけマシか!) 今のメンバーで(ガイはルークの護衛をしているから除くとして)一番前衛が向いているのは、自分だと思っている。 フランツは曲刀を抜き放ち、オラクル兵へと突っ込んでいった。 ・・・・・・・・・ 何人倒しただろうか。 ようやくフランツの周りに立っているものがいなくなった。 「イオン様!」 アニスの悲鳴に振り返ると、ずたぼろになった兵士がイオンへと近づいている。 トドメを刺し損ねたのだろう。アニスは別の兵士に阻まれ、イオンへと近付けない。 「チッ…!」 フランツのいる場所からはさすがに遠い。 思わず舌打ちをした、その時だった。 「イオンに手ぇ出すな!!」 叫んだのは、ルーク。 腰の剣を抜き放ち、兵士へと。 アニスがトクナガで敵を吹き飛ばしたのが見えた。 「ルーク!!」 突き出されたルークの剣は兵士の体へと突き刺さる。 まるでそこで時が止まったようだった。 ジェイドの譜術によって、残っていた兵士は全て倒れていく。 それでもフランツはルークから目を離せずにいた。 「ルーク…」 ゆっくりと剣が抜かれる。 ごぽり、と溢れた血が兵士の白い鎧を濡らした。 「………」 ルークはその亡骸をただ静かに見下ろしていた。 ・・・・・・・・・ 結局あれから追っ手は現われず、フランツ達は野営する事にした。 皆一様に重々しい空気をしている。 フランツはその様子を一瞥し、少し離れた所で座り込んでいるルークへと近寄った。 「ルーク」 呼び掛けてみたが反応はなし。 溜息一つ吐いて、フランツはルークの隣に座った。 「!!何だ、フランツか…びっくりした…」 ばっと顔を上げたルークはあからさまにホッとして、再び視線を足元に下げる。 どうやら先程のフランツの呼び声は聞こえていなかったらしい。 フランツは更に不安になった。 「ルーク、大丈夫か?」 尋ねてみれば、ルークはへにゃりと笑う。やはりいつもより弱々しい。 「何だよ、だいじょぶだって!!」 それでも相変わらずの調子のルークに、フランツは苦笑した。 (負けず嫌いというか強情といういうか…) しかしこのままではいけない。 フランツは直感的にそう思った。 はは、と乾いた笑いを最後に、黙ってしまったルークの肩へ腕を回す。 「我慢するものじゃないぞ。かっこつけてるだけならなおさら、蓄めるとお前自身に良くない」 びくり、とルークの体が震えた。 それでもフランツは続ける。 「そうだな、今なら皆離れているしこっちを見ても俺がセクハラしてるぐらいにしか思わないさ」 「何だよ、それ…」 そう言ってポンと肩を叩けば、震える声でルークは笑った。そして、そっとフランツへともたれかかる。 「…守られるだけじゃ嫌だったんだ。だからイオンを守ってやろうと思って…」 ぎゅう、とルークが拳を握った。 「…わかんねーんだ。人を殺して怖いのと同時に、俺は喜んでた。俺は戦える、役立たずじゃねぇって。今度はそう思ってる自分が怖い…それがずっとぐるぐるしてる」 フランツは黙ってルークの肩に置いていた手を頭へ。そして、撫でてやった。 そこで初めてルークは嗚咽を漏らす。 ルークは優しい。 だが、心のどこかで戦いを望んでいる。もしかすると軍人に向いているのかもしれない。これもファブレ家の血筋のせいか。 人を殺す事に慣れてしまうのか、とルークが呟いていたのを思い出した。 (恐れながらも、この子はこれからも戦っていくんだろうな…) 何となく、そう思う。 フランツはそっとルークを引き寄せた。クセのある赤毛がくすぐったい。 夜の冷たい風が、ルークの嗚咽を静かにさらっていった。 ←→ |