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赤い滴、鉄の香り





「イオン様が甲板にいるんです!」

轟音、振動、警報と続き騒然となるタルタロス。
飛び出したアニスを追って、ルークはティアと通路へ出る。奥からジェイドとフランツも駆け付けてきた。

「冗談じゃねぇ!」

遠くでも、近くでも、爆発音や悲鳴、雄叫びが聞こえる。ルークには、ここがおぞましい世界に感じられた。
生まれて初めての、戦場。


「ルーク!無闇に動いては危険よ!」
「その通りだ」

ティアの叱咤を背中に受けたのと同時、前からの凄まじい衝撃にルークは壁へと叩きつけられた。

「…ひっ!」

続いて、首の辺りに冷たいものが突き付けられる。
ルークは何が起こったのか分からず、ただ体を襲った痛み、そして己の首を刈ろうとしている大鎌に恐怖するのみだった。
その間、死霊使いだの黒獅子だのルークにはよく分からない単語が飛びかう。仕舞には大男が投げた小箱からの光に、ジェイドが片膝をついてしまった。

「ジェイド!…ちッ、ミュウ!」

後方にいたフランツが叫ぶ。ティアの足元でおどおどしていたミュウはその声に答え、小さな炎を吐いた。

「っ!!」


その炎は天井の譜石に当たり光が溢れ、ルークは咄嗟に目を瞑る。

「ぐっ…」

ざしゅ、とすぐ傍でした生々しい音に恐る恐る目を開くと、大男の腹に深々と突き刺さったジェイドの槍。そしてそこから溢れだす血が目の前にあった。

「…っ」
「ご主人様!」

倒れ付し物言わなくなった男を尻目に、ミュウが駆け寄ってくる。
しかし、ルークはその赤から目を逸らす事が出来なかった。

「ルーク、大丈夫か」

ゆっくりと近づいてきたフランツが話し掛けてくる。ルークはそこでやっと我に返り、そちらを向いた。それでも赤い色は目にこびりついたまま。

「あ、ああ…」

ややあってルークは返事を返す。
ジェイド達は既に移動を開始していた。アニスはいつの間にかいなくなっている。

「行こう」

フランツの大きな手がルークの腕をとった。同時に肩へミュウが飛び乗る。
布越しに伝わる二つの暖かさに、ルークは少し心が落ち着いた気がした。





・・・・・・・・・





各所にいた信託の盾兵は、ティアが譜歌で眠らせていった。

「便利なもんだな」

隣でフランツが呟く。
ジェイドとティアはブリッジへと向かった。見張りとしてルーク達は残ったのだ。
これはフランツの提案で、ルークは従ったまで。
ぼぉっと戯れつくミュウを指で突く。

「…ジェイド達の言い分は正しい」

ぽつりと呟かれた言葉にルークは顔を上げた。

「今は未だ分からなくてもいい。だがルークもいずれ爵位をもらえば戦場に出る事になるぞ。まぁ和平がうまく行けばそんな事もないかもしれんがな」

ルークは父であるファブレ公爵がマルクトの宿敵だとティアが言っていたのを思い出す。
確かに屋敷には功績を讃える品が沢山あったし、数々の武勇伝を聞いたりもした。しかしルークにとって父が遠い存在だった事もあって深く考えた事もなかった。
あれらはより多くの“敵”を“倒した”という事だ。
そしてルークは、その跡を継ぐ。

「戦場で甘さは己を殺す」
「そんな事!…分かってる。分かってるけど…」

ぶるり、と身体が震えた。

「誰もが通る道だ。命を奪う事は怖い。しかし命を落とすのはもっと怖い。だから戦う。そしてそれに慣れてしまう。恐ろしいもんだよ、全く」

誰もが、という事はフランツもなのだろうか。
皆も、自分も。

「俺も慣れるのか…」
「どうだろうな」

薄く笑ったフランツの顔色は、決して良いとは言えなかった。部下の心配しているのか。

(フランツも慣れたわけじゃないんだ…)

ルークは静かにきゅっとミュウを抱き上げた。



「そんなに怖いなら屋敷に籠もってな!この出来損ないが!」


突然頭上からした鋭い声に反応し、フランツが抜刀し振り下ろす。
その剣圧が降り注ぐ氷の刄を吹き飛ばした。

「チッ…」

知らない男の舌打ち。フランツに抱き締められる形で守られたルークからは、襲撃者が何者なのか見えない。
だけどフランツが息を呑んだのを感じて、あのラルゴと同レベルの敵なのだろうと思う。
腕の中でミュウが藻掻いているが、それどころではない。

「ルーク!」

そんな事を考えていれば、目の前の扉が開きティアが飛び出してきた。

「!!」

それと同時。
光の渦がルーク達を飲み込む。

「―――っ!!」

ルークは今まで感じた事のない激痛に意識を手放した。


遠くで、誰かが呼んだ気がした。





・・・・・・・・・





「…ぁ」

「気が付いた?傷は痛まない?」

目を覚ませば、ティアが傍に腰掛けていた。
ルークは起き上がろうとして、失敗する。体中が軋んだからだ。

「まだ動かない方がいいわ!一応傷は治したのだけど…」
「傷…?」

そう言われて体を見てみたが、何も残っていない。汚れていた白い服が更に汚くなっていたぐらいか。

「譜術を食らったんだ、もう一人、六神将が出てきてな。すまない、守り切れなかった」

ぬっとティアの上から影。フランツだ。

「奴等は導師イオンをどこかに連れていったようです。今のうちに脱出して、導師を奪還しなくては」

ルーク達を収容している牢の檻を眺めながらジェイド。その手には何か小さなものが握られている。
ルークは三人が自分の目覚めを待っていた事を察し、がばりと起き上がった。これ以上足手まといにはなりたくなかった。

「俺は大丈夫だ。さっさとこんなとこ、出ようぜ」

ティアもフランツも何か言いたげな表情をしていたが、ルークは気付かないフリをした。
実際、体の軋みも既に引いている。それに正直なところ、ルークは牢屋なんかにこれ以上いたくなかった。ベッドも固い。

「…いいですか?それではっ」

そう言って、ジェイドが持っていたものを投げた。それは小さな爆発を起こし、檻の格子が消える。
そして、ジェイドは伝声管へと向かった。

「死霊使いの名において命ずる。作戦名“骸狩り”発動せよ!」

そうして、タルタロスの全機能は停止したのだった。
こうなったタルタロスは左舷ハッチしか開かないらしい。そこへ戻ってきた敵を誘導する。中にいる兵達は隔壁に阻まれ出てこれないはずだ、と。

話していた間に、フランツが近くの牢から武器を見つけてきた。

「隔壁が下りちまったら、俺達も出れねーんじゃねぇ?」

腰の定位置に剣を収めながらルークは問う。最もな疑問で、他二人も同じ表情だ。
しかし、ジェイドはにんやりと笑った。
ぞぞっとルークの背筋に冷たいものが走る。気のせいだと思いたい。

「この辺りにイイモノがあります。それを使えば外に出られますから、頑張って探しましょう」

ああ、やっぱり気のせいなんかじゃない。
ルークは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。







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