皇帝が泣いた日(PL) 「陛下」 呼び掛けられ振り返ると、赤毛の子供が俯いて立っていた。 「ルーク?」 呼んでみても子供は俯いたまま。 俺は黙って次の言葉を待った。 「俺、行きたくない」 ぽつり、と呟かれた言葉。 どこに、と聞かずとも分かっていた。 明日ルーク達はエルドラントに向かい、ヴァンを倒し、ローレライを解放する。 現状ルークがローレライ解放に耐え、無事に帰ってこれる確率はゼロに近い。 「嫌だ、行きたくない。死にたくない。でも行かなきゃいけない」 ルーク、もしくはアッシュがやらないといけない事だ。 「嫌だ、まだ死にたくない。陛下と別れたくない」 顔を上げたルークの目は赤く腫れ、涙でぐしゃぐしゃだった。 俺に見せたルークの初めての泣き顔。 「ルーク…ッ」 そんな顔をさせたくなくて、俺は震えるルークを抱き寄せようとした。 「!!」 だが、俺の腕はルークをすり抜ける。 驚いてルークを見れば、その体がまるで無かったもののように透けていった。 ルークは泣きながら俺を呼ぶ。 必死に消えさせまいと俺は手を伸ばすが、それも虚しくルークの体は薄れていって、 「陛下!!」 「!!」 がばり、と頭を上げたそこにはルークの顔。 頬を冷たい汗が流れる。 「ルーク…?」 「大丈夫ですか?うなされてましたよ」 どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。 書類が机に散らばっている。 「ああ、すまんな…」 ここしばらく忙しくてろくに眠れていなかった。限界が来たようだ。 書類を整え、横に寄せる。 (それにしても、嫌な夢だ…) その間、ルークはじっと俺を見ていた。隈ができているかもしれない。疲れた顔を見せるのは嫌だった。 今、一番働いてくれているのは彼等なのだから。 「そろそろ出発します」 告げられた、一言。それだけのはずなのに、やけに頭へ響いた。 「…逃げようとは思わんのか」 思わず洩れた疑問。 今更。覚悟を決めたルークに何を聞いているのか。 だが、全てアッシュに任せればいい。乖離や大爆発の件だってジェイドやサフィールが何とかしてくれるかもしれない。 案の定、ルークは少し困ったような顔をした。 「はい…俺、行きます」 その笑顔に息が詰まる。 思わずルークを抱き締めた。ルークは抵抗もせず、俺の腕に収まる。 さっきの夢みたいに、必死に助けを求めてくれたら。 「だって陛下、この国が好きだって言ってたじゃないですか」 求めてくれたら? 「俺が守ってみせます」 そうしたら何か変わっていたのか。 背中に回されたルークの手が俺の服を掴む。少し、震えていた。 例えそうだとしても、俺はこの子供を送り出すだろう。国のために。 「…馬鹿野郎」 皇帝とは何と無力なのだろうか。 愛しい者の涙さえ拭ってやれないのだ。 「陛下、空を!」 兵が空を指差す。 光の柱が天に向かって伸びた。それはつまりヴァンが倒され、ローレライが解放されたという事。 周りで歓声が起こる。世界の危機は回避されたのだ。 その中で、俺だけはただ空を見上げるしかできなかった。 END ・・・・・・・・・ 取り残された者の視点。 ←→ |