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初めて自分の目で直接見る彼は、口に拘束具をされたまま、部屋の隅で体を低く伏し、敵意だけの目でこちらを見ていた。
だけどその目には隠しきれない怯えの色があって、多分彼は全ての事にひどく戸惑っているのだろうと、そう思った。
写真で見るよりも小さく、そして幼く感じる彼。そっと触れなければ、壊れてしまいそうに見えた。
何もない部屋。小さな窓に掛かったカーテンは無残に引き裂かれ、壁も至る所に引っ掻き傷があったそしてその引っ掻き傷は…。







「…一緒に帰りませんか?」

それが言葉も分からない彼に送った初めての言葉。もちろんそれを理解出来ない彼は、さっきと何も変わらない目をこちらに向けてくる。低い唸り声は、よく聞けば掠れていて、音になっていない時さえある。


「一緒に帰りましょう…?」

二度目のその台詞は、少しだけ震えていた。




なぜだろう。
なぜだろう。
なぜだろう。




彼と自分は似ても似つかないのに、なぜか同じな気がする。
だから寄り添っていたいと思う。




それは多分。
それは多分。
それは多分。




きっと同じだから、彼に寄り添って、そして彼に寄り添って貰いたいのだと思う。

自分のエゴだ。自分の我が儘だ。自分の…勘違いであるかも知れない。
だけど、彼に手を差し延べて、それを掴んで欲しかった。

俺はもしかしたら、彼を助けたいんじゃなくて彼に助けて欲しいのかも知れない。







「意味…分からないですよね…」


彼の掠れた唸り声に、自分の声が消された。
それが妙に切なくて、悲しくて、足を一歩前に進める。
そしてまた一歩、また一歩と彼に近付いていく。
その度に、彼は身を屈め、もうない後ろに後退りをした。


「大丈夫、大丈夫ですから…」

手を伸ばして彼の頭に触れる。
一瞬ビクッと震えたが、彼の鋭い目付きが怯む事はなかった。

「あなたの声を聞かせて下さい」

それから、口にはめてある拘束具を外した。言葉を知らない彼の、唸り声じゃない声が聞きたかった。
拘束具を外しても、彼は口を閉じたまま唸り声をあげ続ける。
だけど、予想に反してアクションがない。噛み付かれることだって覚悟していたのに。

「あなたは、優しいんですね」


誰かを傷付ける事が出来ないんですね。

長太郎は震えながらグッと握ってある手を取った。緩い抵抗を見せるその手を諭すように開くと、傷だらけの指先が現れる。
そう、壁の引っ掻き傷、所々赤い線になっていたのはこのせいだ。

きっといくら考えたって、あなたが抱える恐怖や怒りは誰にも分からない。何も知らない、分からない場所に一人連れて来られた恐怖。それをされた怒り。
だけどね、その寂しさは俺にも分かるんだ。心が一人なのは何よりも孤独だから。



瞬間、長太郎の手が小さな力を感じる。それはいつ振りか分からない人肌と共に感じられた。

傷付いてカサカサした指先が、長太郎の手を掴む。






その寂しさを、俺は音楽でごまかしました。その寂しさを穏やかな曲を作ることで、ごまかした気になっていました。だけど、沢山の賞賛を受けてもそれが寂しさを消してくれることはありませんでした。

あなたを新聞で見ました。とても美しいと思いました。だから惹かれてしまったのです。育ててくれた狼から離され、育った森から連れられ、寂しいに決まっているのに、怖いに決まっているのに、横たわっていても凜としているあなたに。



「一緒に帰りましょう?」



三度目のその言葉を口にした瞬間、彼は一瞬だけ、泣きそうな顔をしました。

それは初めて彼が見せる人間らしい姿でした。


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