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例えばさ、俺が死んだらどうする?って長太郎に聞いたことがある。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?

『俺も死にます』

だってよ。すげぇ真面目な顔していうんだぜ?笑っちまうよな。馬鹿だよな。そんなことして俺が喜ぶとでも思ってんのかな。馬鹿…だよな。





あと一年。そんな言葉を現実で聞くなんて思っても無かった。そんなのドラマだけの話だろ?そう思って笑った。笑うしか無かった。他にどうリアクション取れっていうんだよ。なぁ、俺ってこんなに激ダサだったか?








「それともう一つお願いがある。長太郎には言わないでくれ」

放課後の誰もいない教室にその言葉は妙に響いて聞こえた。すべてのモノがわざと息を潜めて、重く聞こえるようにしたんじゃないかってくらい。

跡部は暫く目をつむり、一つ大きく息を零すと小さく頷いた。その表情は納得いかないが…仕方なくといったところだろうか、それを隠そうともしないところは跡部らしいと思った。

「それで?お前は残り一年どう生きるんだ?」
「そうだな…今となんも変わんねぇ生活を送りたい」
「そうか…」

あくまで表情を崩さない跡部。
分かってるよ。お前がその答えに納得してないのなんて。

「他のメンバーにも言わないつもりか?」
「だな。言ったらやっぱり変わってくるだろ?態度とか」

そういうと、眉間に紫波を寄せまた大きく息を吐いた。
それを見て俺は笑う。だって笑うしかねぇだろ?そんな表情させてごめんなんて言えねぇだろ?

「部活行くか」

黙り込む跡部に努めて明るく声をかける。

「中学から上がってきた一年、しごかなきゃなんねぇだろ?」

遠くでテニスボールが跳ねる音がする。
その後に続くようにやたらと元気のいい声がするのは、新入生の部活初日で、誰もが張り切っているからだろう。

「…あぁ。そうだな」
「跡部部長がそんなんでどーすんだよ!ほら、早く行こうぜ?」

だけど跡部は何か言いたいのを堪えるように、テニスバッグの持ち手を握りしめ視線だけを窓の外に向けている。

「ったく、俺が先に言って跡部コール教えててやるからな!」

そんな表情をさせているのは俺なのに、それを拭おうとするのも俺だ。
居心地が悪い訳じゃないけど、その場の雰囲気が堪らなく胸を締め付けて、俺は教室を後にした。

廊下から見えるテニスコート。その周りを囲むように満開の桜の木々達が並ぶ。部員達を優しく見守るように、優しく応援するようにそこに立っている。
思えば、中等部のコートもそうだった。コートを囲むように桜の木が立っていて俺達を見守ってくれていた。
そうか、俺はもう五年間も同じ景色の中でテニスをやってきたんだな。


初めての敗北、初めてのダブルス、そして初めて一緒にいたいと思った奴。


全部、桜の木に囲まれたテニスコートであった事。


目を閉じればいつのどんなことでも鮮明に思い出せる。だってどれも大事な思い出だろ?









…それなのに、あと一年後には全部忘れちまうんだ。
綺麗さっぱり何もかも忘れちまうんだと。おかしな話だよな?俺が生きてきた17年間がさ、なくなっちまうんだと。それ、なんて冗談だよって笑ったら、横にいたお袋は泣き出すしさ。そしたら俺、生きてるだけマシじゃねぇかって笑うことしかできなかった。本当は、訳わかんねぇって医者につかみ掛かりたいくらいだったのに。


だけどさ、生きてるだけマシなんて思ってねぇんだ。だって逆だろ?17年間の記憶を無くして、だからって新しい記憶が蓄積される訳じゃない。覚えても覚えても忘れていくんだ。そんなの死んだ方がマシじゃねぇか。

だから、








『跡部、一年経ったら俺は死んだことにしてくれねぇか?卒業したらお袋の実家に行くんだ。そこで残りの人生を生きる。まぁ、俺の脳みそが卒業まで持てばの話だけどな』


俺はやっぱり笑った。







跡部は宍戸の遠くなる足音を聞きながら、まだその場を動けずにいた。空を見続けるその目は空を映し込んだような青で、なのにその目から零れる雫は空を透かすだけの透明。


「あいつ、なんで笑ってんだよ」


やっぱりその言葉も教室の静かな空気を震わせ、響いて聞こえた。それに最後の涙を一つ零して教室を後にした。


外は絵に書いたような小春日和。それでも空の青と地上の桜色が美しく混じる事は無くて、その中間地点にいる人間はひどくちっぽけに思えた。





ー春ー


あきゅろす。
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