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手袋

なぁ、長太郎。
恋って難しいな。

誰かを苦しめなきゃ出来ない恋なんて、本当はしないほうがいいのかもしれないな。
それでもさ、やっぱり俺はお前が好きなんだよ。
その事をさ、胸張っていいたいんだよ、俺は。










長太郎と付き合い始めたのはもう十何年前になるんだろうか。あの頃は二人ともまだ中学生で、恋なんてガキの戯れ事で、先輩と後輩の延長線上みたいな付き合いしか出来なかった。
だけど、高校にあがり大学にあがり、そうやって大人になるに連れて俺達の関係も大人になって、心も身体も交じり合って、気付いたらもう溶け合っていた。




色んな事があった。

一年先に社会に出た俺。なかなか会える時間がなくなって、お互いイライラして喧嘩もした。
だけどやっぱり最後に残る感情は相手を愛しく思う気持ちで、最後まで"別れる"なんて選択肢は出てこなかった。


どれだけ長い時間を一緒に過ごしても、"慣れ"なんて生まれない。
いつもふとした瞬間に『あぁ、やっぱり好きだな』って、そう思う。


この十数年で、俺は何度もこいつに恋をした。
それは一緒にいれる限り、きっと変わらないんだと思う。






「宍戸さん…本当にいいんですか?」

その問いに俺はただ頷いた。

「でも、おばさんの容態を考えると嘘ついた方が…」
「俺はお前との関係で嘘はつきたくない」

薬品の臭いが漂う廊下で、俺達は白いドアを前にドアノブに手を掛けれずにいた。
決心はしているのに、体がそれを拒もうとする。

「…よし、行くか」

思っていたよりも握ったドアノブの冷たさを感じながら、俺はゆっくりとドアを開けた。







母親が病気で倒れたと聞いたのは一ヶ月前。入院しても容態は一行によくならず、何度も『今夜が山でしょう』なんて言葉が医師の口から吐き出された。その度に親父が電話を寄越してきて、顔を見せてやれ、安心させてやれって。


それで来たのが今日。長太郎も一緒に連れて来た。


『一生大切にしたい人が出来たらお母さんにも会わせてね』
それが働き始めて家を出た俺によく言う言葉だった。多分それは結婚を示していたのだろう。早く孫の顔が見たい、そんな意味も含まれていたのかも知れない。

そう言われる度に、俺はなんとも言い難い気持ちに襲われた。

だって、俺が一生大切にしたいと思った相手は男だから。結婚だって出来ないし、子供の顔だって見せてやれない。








「母さん?」

ドアを開け、ベッドに座る母親を見付けて、そう呼びかけた。
窓の外を見る母さん。後ろ姿だけでも随分と痩せたのが分かる。

「亮?」

振り向き様に俺の名前を呼ぶ声は前の様に張りがないにしても、どこか嬉しそうで。

「元気にしてた?ご飯はちゃんと食べてる?」

それはこっちの台詞だよ。そう言いたくなるほどにこけた母さんの顔。目頭が熱くなる。だけどそれが何の感情からなのかは分からない。

「食べてるよ。ちゃんと食べてる」

その答えを聞くと安心したように笑った。それから、俺の後ろに視線を向けた。

「あなたは確か…」

学生の頃、よくうちに遊びに来ていたから覚えていたのだろう。長太郎の顔を見て、小さく頭を下げた。それに反応して長太郎も勢いよく頭を下げる。

「母さん、俺が一生大切にしたい奴だよ」

自分でもびっくりするくらいにサラリと出た言葉。そして、その後に生まれる静寂。今、長太郎は後ろでどんな表情をしているのだろう。



「そう。いい人を見付けたわね」

静寂を破った言葉は思ってもみなかった言葉で。

「亮の代わりに泣いてくれてるのよね?」

その言葉で後ろを振り返ると、声を出すまいと唇を噛み締めて泣いている長太郎がいた。

「ばっか、何でお前が泣いてんだよ」
「す…すみません…」

その様子に母さんと俺は笑った。この三人の中で誰よりも大きいこいつが泣いてるなんて、変な図だろ?

「色々大変だと思うけど、二人で頑張るのよ」
「…うん。母さん、ごめんな」
「何で謝るのよ。大切な人、紹介してくれてありがとうね。これで母さんも安心して逝けるわ」



そんな事を言うもんだから、また目頭が熱くなったけど、後ろで泣いてくれる長太郎の事を思うと、最後まで笑顔でいれた。

そして三日後、母さんはその言葉通り安らかに眠りについた。何となく泣けなくて、泣いたらだめな気がして、多分それは俺の言葉が少なからず母さんをがっかりさせたって思っているから。母さんの言葉で救われたとは、まだ思えないんだ。



「宍戸さん…これ…」

病室を片付けていると、長太郎が小さな何かを差し出してきた。
まだ作りかけの小さな手袋。いつから作り始めたのかは分からない。でもいつ作るのを止めたのかは分かる。きっと三日前だ。

「長太郎、俺達は人を苦しめる恋愛をしてんのかな」
「宍戸さん…」

長太郎の手が俺の手を包み込もうとした時に、病室のドアが叩かれる。

「おぉ、良かった。まだいたな」

そう言いながら親父が顔を出した。しばらく見ない間にすっかり老けた親父の顔は、母さんが死んだのになぜかどこか穏やかで。

「ちょっと早過ぎたが、いい死に方だったな。凄く穏やかな表情だった」

そう、赤くなった目で笑う。

「あぁ、そうだ、これ。母さんからだ」

手渡されたそれは、地元で1番大きい百貨店の袋。
中を覗くと、そこには、

「……手袋?」
「多分間に合わないからって、頼まれててな」

中には薄い紫の手袋と、それより少し大きいオフホワイトの手袋。

「学生の頃してたマフラーの色、覚えてたんだと」

オフホワイトの手袋を手にして、俺は泣いた。長太郎に涙を任せることなく、自分の目で。やっと、許された気がした。あの時の母さんの言葉が心から口にした言葉だったのだと思えた。


「……ありがとう…母さん…」
「小さい手袋な、お前が見たら苦しむかもしれないから捨てろって言われたんだ。それを捨てなかったのは俺からの罰だ」

長太郎が握る小さな手袋を見るその目は、やっぱり穏やかで。

「お前が早く大切な奴を連れて来なかった罰だ。父さんが母さんを誇りに思ってたみたいに、お前も胸張って大切な奴は大切な奴だって言えるようになれ」

零れ落ちる涙を、二つの手袋が吸い込んで行く。

「亮、長太郎君、毎年冬には帰ってこいよ。その手袋付けて、墓参りでもしてやれ」








それから俺達は、その手袋を着けて俺達の家に帰った。二人とも泣きすぎて目が真っ赤で、それにお互い笑って一つだけキスをした。




なぁ、長太郎。
俺達がしている恋は、皆がしている恋と何も変わらないんだな。
お互いの事が好きで好きで、それを恋って呼ぶんだ。

結婚できるのが恋じゃない。
子供を産めるのが恋じゃない。


俺はお前が大事だよ。
一生、大切にするから、毎年冬には墓参り、付き合ってくれよな。





色違いの手袋をつけて。


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