お前だけに言う言葉
小学生と中学生。
その時は俺達はまだ出会っていなくて、だから小学生と中学生なんて同じガキに分類される、大して違わないものだった。
中学生と高校生。
もう、俺達は出会ってしまったから、その差は大きい。精神的にも肉体的にもお前の方が大人な気がするのに、俺はお前よりも1歳年上なんだな。
「宍戸さん?」
金曜日、部活を終えて学校を出る時思いがけずその声は降ってきた。
いつから下を向いて歩く様になっていたのだろう。少し上を向かないとその存在を知れない、長太郎に気が付かなかった。
「長太郎……?」
二ヶ月前まではいつもそうだった角度に顔をあげると、その満面の笑顔が目に入った。
その笑顔は本当に嬉しそうで、無邪気で、素直で。
「少しだけ部活が早く終わったので、片付けとか任せて来ちゃいました」
次はいたずらっ子が見せるような、笑顔。
その笑顔にここ暫く大人しかった心臓が跳ねる。
「ばか。たった一週間会ってないだけだろ?」
自分はひどく素直じゃないと思った。会いたかったんだ、少しだけ不安だったんだ、本当はそう思っているのに言葉にしたら何だか格好悪い気がして。
「俺にとったら一週間“も”なんです!」
“も”を強調しながら、そう必死に訴えてくる。
心が少し穏やかになった。そう感じながら、宍戸は歩き出す。
今はまだ二人よりも一人のほうが歩きなれている高校の通学路。っと言っても、中学校はそんなに離れておらず、すぐに二年間近く二人で歩いた道に入る。
その道は一人で歩くのにはまだ慣れない。
「やっぱり二人の方がしっくりくるな」
その道に差し掛かった時、宍戸の口からその言葉は自然に零れ落ちた。
「はい?」
最近の癖で下を向いていた宍戸の声は長太郎の耳には届かなかったようだ。
「えっ!?いや、なんでもない!」
宍戸は一瞬、長太郎を見やってまたすぐに下を向いてしまった。
「宍戸さん」
声が、ずっと足りなかった声が上から降ってくる。
きっと上を向けばたった一週間なのに懐かしく感じて、胸が締め付けられる笑顔があるのだろう。
宍戸は、少し段階を踏むように目を泳がせながら上を向いた。
「………っ!」
思い描いていた笑顔じゃなくて、目の前にはその端整で綺麗な顔。目が閉じられており、きっと俺しか見たことのない顔。少しだけ切羽詰っている…そんな顔。
唇に感じる温かくて柔らかい感触が、長太郎とキスをしていることを知らせる。
「えへへ…宍戸さんが下ばかり向いてるから、地面にやきもち焼いちゃいました」
顔が離れていき、その目が開かれたと思ったら、長太郎はそんな事を言った。
「ば、ばかじゃねぇの!だ、大体、地面にやきもち焼く奴なんか聞いたことねぇよ!」
顔が熱い。こいつと会って初めてそんな体験をして、それからは何度もそうさせられた。
「ここにいるじゃないですかぁ〜嫌でしたか?」
少し眉尻を垂らして、覗き込んでくる。
また心臓が跳ねて、顔が熱くなった。
「べ、別に嫌じゃないけど、やきもちとかじゃなくてちゃんとしろ!それなら沢山してやっても……いい」
最後の方はちゃんと声になっていただろうか。ちゃんと聞こえてただろうか。
こんなんだけど、これが俺の精一杯の素直なんだぜ?
長太郎、お前だから俺のこんな格好悪い姿見せるんだからな。こんなひねくれた俺の言葉、お前なら受け取ってくれるよな?
なぁ、長太郎。これは恥ずかしすぎて声には出せないけど、一回だけ言うぜ?
『大好きだ』
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