宍戸さんとハロウィンと白執事 「トリックオアトリート!」 突然かけられたその言葉は、見事なまでにジャパニーズイングリッシュ。 「……えっ?」 「えっ?じゃねーよ。なんか出せ」 宍戸さんがグイグイと手を差し出してきます。 その様子はまるで大財閥の長男とは思えません。 悪戯っ子みたいな笑顔で何かをたかってきます。 「何かって、何も持ってませんよ!」 宍戸さんがしてやったりと言った顔で、更にその口角をあげます。 「じゃあ、こうだな!」 そういって宍戸さんから頂いたのは加減のないでこピン。 「った!!」 「二回目は俺からのあつーいチューだからな!」 「えぇっ!?」 「ちなみにリーチは長太郎と料理長と真鍋!」 楽しそうに走り去っていくその後ろに、悪魔の尻尾が見えます。 一歩かける度に揺れるそれは、どうやら幻覚ではないようで、ようやく今日がハロウィンだと言うことを思い出しました。 「はぁ…って宍戸さん!?廊下は走っちゃだめですよ!」 まるで小学生に向けるような注意をした時には、もう既にその姿はありませんでした。 「鳳さん?どうかされました?」 そんな俺の後ろ姿に声をかけてきたのは、料理長さん。 白くて長いコック帽の下、額の真ん中に赤い痕があります。 「料理長さんもやられたんですね」 笑いながらそれを指しました。 「え?…あぁ、これですか?」 料理長さんが額をさすります。 「やられちゃいました。だからほら」 そう言ってポケットから取り出したのは小さな袋に入ったクッキー。 「二回目は浣腸だと言われましたからね。さすがにそれは阻止しようかと…」 「え…浣腸ですか?」 「そう、浣腸…ほんと坊ちゃんらしいといいますか…小さい頃から変わらないんですから」 呆れた風に笑って見せても、やっぱりその顔には可愛くて仕方ないって思いが隠せていません。 だから、それに釣られて笑ってしまいました。 そして、ふと気付くのです。 『二回目は俺からのあつーいチューだからな!』 どうしよう、にやけそうだ。 あぁ、なんて可愛い俺のご主人様。 「鳳さんもお一ついかがですか?浣腸よけに」 笑いながら差し出されるクッキー入りの小さな袋。 「いえ、大丈夫です。宍戸さんのいたずらを受けてたちます」 その答えに料理長さんは驚きの表情を見せて、そしてすぐにまた笑顔を見せます。 「それでは、よいハロウィンを」 深々とお辞儀をして、その白いパティシエスーツをはためかせながら厨房の方へ歩いていきました。 さてと…まずはどこから探そうか。宍戸さんの事だから、色んな人にでこピンして回っているのでしょう。 なにせ、広いお屋敷です。 闇雲に探しても捕まるはずがありません。 「長太郎!!」 タイミングを見計らったかのように現れる俺のご主人様。 きっと、色んな人にでこピンをしてきたのでしょう。 走り回った証にあがっている息。 「トリックオアトリート!」 それは二回目の宣告。 「ちょっと待って下さいね」 ポケットを探す振りをしてみせると、宍戸さんは少しだけ口を尖らせます。 「ないみたいです…」 「じゃあ、俺からのあつーいチューだな!」 それはもう嬉しそうに笑いながら近づいてきます。 し、心臓がバクバクしてきました。 「目ぇ、つぶれ」 そして、目をつぶった次の瞬間、おでこに柔らかい感触が… 飛び出そうな心臓をぐっと捕まえて、その唇が離れるのを待つと、ゆっくりと目を開ける。 そこには可愛い可愛い…… 「料理長さんっっ!?」 頭を掻きながら申し訳なさそうに笑う料理長さん。 「す、すみません…はは…」 そしてその後ろにはお腹を抱えて笑う宍戸さん。 「は、腹いてぇ!」 やられた…かわいいかわいいご主人様は、見事なまでに小悪魔でした。 こうして、宍戸家のハロウィンは幕を閉じたのでした。 |