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小説
伝えられない想いを

シリ甘(妖犬かご)










古来より、月には不思議な力があると云われていた。

また、水も神聖な場所とされ崇められてきた。


その二つが重なったとき、不思議な力は混ざりあう。


『伝えられない想いを』


「日のあるうちに抜けれませんでしたね…。」


一行は今、日が沈んで暗く影を落とす深い森の中を彷徨っていた。


「のう…。なんか、出てきそうじゃ…。」


「なんでい!びびってんのか、七宝!」


「そ、そんなわけあるかい!」


そんなやり取りを聞きながら、かごめは心の中で七宝に同意した。確かに、光も何も届かないうっそうとしている森は不気味だ。


「…なんだ、あれ?」


その時、珊瑚が前方を指差した。そこ周辺の茂みの向こう側が妙に明るいのだ。


「…妖気は感じられねえが…行ってみるか。」


犬夜叉を先頭に、その光へと歩いていく。

――そこにあったものは


「っわあ―…綺麗……」


大きな湖だった。そして、その中心には空に浮かぶ月が映し出されている。なんとも幻想的な光景が目の前に広がっていた。


「いやはや、今宵は満月だったのですね。」


「今日はここに野宿しましょう!」


嬉しそうに手を叩くかごめと対照的に思案顔で首をかしげている。


「珊瑚、どうしました?」

「法師さま…実はこの地域、すごく古い迷信が残っててさ。気になったんだ。」

「それはどういうものなんじゃ?」


一行は珊瑚の次の言葉に耳を傾ける。



「『古(いにしえ)の湖面に望月浮かぶとき彼(か)の拠り所近きに聴こゆ』」


「歌…ですね。それはどんな意味なんですか?」


「いや、分からないんだ。だから迂闊に近づかない方が…」


「おい、ここの水うめえぞ。」


「「「!?」」」


一斉に振り替えると、そこには犬夜叉が水面に口をつけて喉を潤している姿があった。


「てめえ、人の話を聞け!」


ぢゃらんと弥勒の錫杖が犬夜叉の頭に殴り付けられる。


「弥勒っ…っうわっ!」


ばっしゃーん


「犬夜叉!?」


「ちょっと!法師さま!」


勢い余って、犬夜叉は見事に落下した――月浮かぶ湖に。


「いやあ、参りましたね〜。さて、どうしましょうか!」


はははと何の悪びれもなく笑う弥勒。と、その時。


じゃばっ……っ


「犬夜叉!大丈夫?」


やっと湖から上がってきた犬夜叉。かごめが心配そうに近づくと、ばっと距離を置かれた。


「いぬや……っ!!」


顔をあげた犬夜叉は、妖怪に変化していた。ぐるるると低く唸っていることから敵と見なされているらしい。


「かごめさま!危ないですよ!」



いつの間に避難したのか、弥勒の声が遠くから聞こえた。でも、と思う。


犬夜叉は、威嚇しているものの襲ってこようとしない。ただ逃げるように距離を保っている。


「……大丈夫よ。」


その場にしゃがんで手を伸ばす。びくりと犬夜叉の肩は震えるが攻撃はしてこない。


「…犬夜叉?」


にこりと微笑んでみる。彼が「好き」と言ってくれた笑顔で語りかけると、ゆっくり近づいてきた。


「……」


ふんふん匂いをかがれる。しばらくすると、差しのべた手に頬を擦り寄せるように甘えてきた。


「よしよし、良い子ね。」


頭を撫でるとさらに身を寄せられる。そんな二人の姿を遠くでみる弥勒たち。


「…さすがかごめちゃん。」


「しかし、妖怪化してるとはいえあの姿…」


「…犬じゃな。」


そこで、弥勒が珊瑚に質問を投げかける。


「この湖の効力はどのくらいなんでしょう?」


「さあ…村に降りて聞くしかないね。」


雲母、と珊瑚が呼び掛けると小さな猫又が変化する。


「かごめさま、私たちは村に言い伝えについて尋ねてきます。犬夜叉をお願いしますね!」


そう言い残すと、七宝も連れて行ってしまった。



「気を付けてね〜…」


遠ざかっていく仲間の背中に聞こえたかは分からないが、言葉をかけるかごめだった。






――


犬夜叉はさっきから耳をはたはた動かしたり、喉を鳴らしたりしている。


「なんだか犬みたい。」


くすっと笑うと、不思議そうに見つめられる。


「犬夜叉。」


「…」


言葉はないが、答えるようにかごめに擦りよってくる。人の言葉は分かるらしかった。


「よしよし、大人しくしててね?」


耳に触ると少し嫌がられたが、それでも離れようとはしない。


それにしても、こんなに大人しい妖怪化の時の顔を見るのは初めてだ。いつもは殺気に満ちていてこのように近付けたものではない。


だからなのか、もっと近くで見てみたかった。


「ちょっと触らせて?」


そう言うと、きょとんとされた。嫌がる素振りを見せたら止めよう、と思いまずその手に触れる。


―いつもより長く弧を描くその爪も


次に頬にひたりと手を置く。


―いつもじゃ見られないその頬の模様も



その手を下げて、口元に触る。


―いつもより鋭く鈍い光を放つ牙も


最後に赤く染まった眼を覗き込む。


―いつもと違う眼をしているけれど


姿なんて、関係ない。私は犬夜叉の魂が好きになったのだ。そう、時代や時空をも越えて。



「好き…よ。」


つ、と頬の模様を指でなぞる。





いつの間にか、土の香りがすぐ横から漂ってきた。目の前に広がるのは、漆黒の闇に映える緋色…










しばらくして、押し倒されている事実に気付く。



「いっ…犬夜叉…?」


普段と違う眼のせいか、今何を考えてるのか読み取ることが出来ない。ただ、赤く染まる眼の中で揺れる緑の瞳は…


「……哀しいの?」


微かに濡れていた。


「……っれを…ぐ……のか…」


「え?」


小さく途切れ途切れに紡ぎ出される言葉。それを聞き取ろうと耳を澄ませる。


「…俺を殴んねえのか?」


言葉は聞き取れたが、どういう意味なのかは分からない。何と言おうかと考えていると、犬夜叉は更に言葉を積み重ねていく。


「…俺を避けねえのか?」

「…いぬ…っ…」


「なんで…俺を殺さねえんだ?」


淡々と、というより感情を込めないように言っているようだった。

その言葉を聞いて思う。犬夜叉は、そのような質問が生まれざるを得ない環境の中で生きてきたのだ、と。

「犬夜叉…。大丈夫、大丈夫だから…。」


腕を伸ばして、そっと髪の毛を撫でると彼の切ない瞳の揺れが増した気がした。

「だいじょうぶ……?」


「ええ。私はどんなときも犬夜叉の味方よ?」


きゅっと犬夜叉は目を細める。銀色の髪の毛に触れてる私の手をやんわり包むと、独特の低い声で呟いた。

「…俺が怖くねえか?」


私は地面からゆっくり上半身だけを起こす。そんな私の動きを見る犬夜叉の瞳は、恐れながらも答えを待っているような気がした。


「……怖くないわよ。」


静かにゆっくりと犬夜叉の頭を抱き締める。初めは強ばっていた彼の体だったが、いつしか私に身を委ねていた。


「どんな犬夜叉も…好きよ、私は。」


背中に腕が回されるのが分かる。


「不器用な優しさが好き。心配してくれるところが好き。ヤキモチ妬いてくれるところも好き。」


こんなこと、滅多にない機会だから。伝えたいこと全てを言おうと思った。


「あとね、犬夜叉はもう独りじゃないんだよ。仲間がたくさんいるんだから…」


もう誰も犬夜叉を傷付けたりなんかしないよ、と言いながらその細い銀の髪の毛をすく。


「だから、辛いときは我慢しないで。苦しみは…分け合って前に進めば良いんだから。」


ね、と問いかけるとゆっくりと犬夜叉が顔をあげた。

自然と見つめあう、瞳。


「……っ…」


ふっと犬夜叉の体の力が抜けていった。









――


「……っ〜…」


「あ、犬夜叉!気が付いた?」


少しじんとする頭の上から降ってくる愛しい声。


「かごめ?」


その声をする方を見上げようとして、はたと気付く。

かごめに頭を抱き締められていた。声が上の方から聞こえるということは、目の前の柔らかいものは……


「っ!?///」


ばっと慌ててかごめから離れる。そんな俺を不思議そうに眺めるかごめは罪な奴だ。気付け、バカ。


「あ、ちゃんと戻ってるわね!」


「戻ってる…?」


「記憶ないの?さっきまで妖怪化してたのよ?」


「……」


本当は覚えている。我ながら情けない姿を見られたと思う。しかも好きな女の前で。

頭がぼうっとしてたので記憶は曖昧だ。ただ、覚えているのは、


かごめを押し倒したこと


だんだん目頭が熱くなったこと


昔の記憶が思い出されたこと


そして…




「犬夜叉?どうしたの?」

「っいや…!!」


何よー、と笑う愛しい人。

その優しさが更に目頭を熱くしたこと。実際、あの時気絶していなければ一粒くらいは涙がこぼれていたと思う。



気付けば、その優しい人を抱き締めていた。心の中であのときの返事をする。



俺だって…お前が好きだ。


底抜けにお人好しなとこが

自分のことより誰かを想い泣ける優しさが


バカな俺を受け止めてくれる暖かさが


何より、その笑顔が俺に色んなもんをくれる


でも、まさか俺がこんなことを素直にかごめに言えるわけがなくて。

……だって柄じゃねえし。
てっ……照れるし…


…その代わりと言っちゃなんだが、


「かごめ…」


「ん?」


腕の中の愛しい人を少し強く抱き締める。


「…かごめ…。」


心を込めて、その名を呼ぼう。伝えられない想いを乗せて…









「…元に戻って良かったですね犬夜叉。」


「かごめちゃんにも充分甘えられたみたいだしね。」


「「!?//」」


茂みから現れた少し疲労が見える二人の姿。七宝は弥勒に抱えられて寝ている。

「せっかく、言い伝えの詳細を村まで尋ねに行ったのに…」


「当の本人の犬夜叉は、かごめさまを垂らし込んでるとは…」


はあぁ、と嘆かわしそうに呟く二人。そんな姿を見て、かごめが慌てて犬夜叉から離れる。


名残惜しいが、弥勒と珊瑚の姿を見ると手を話さざるを得ない。


「そ、そういえば珊瑚ちゃん。言い伝えって……」


「あぁ、それかい?なんでも…」


「満月が浮かんだ湖の水に触れた者は、正直になるんですよ。」


「正直…?」


「なんでも、本能が強く出るらしいよ。犬夜叉は…」


「犬、が本能だったみたいですね。もともと犬妖怪ですから当たり前ですが。」

それより疲れたよ、と珊瑚が欠伸をする。私もですよ、と弥勒も苦笑する。


「では、犬夜叉。先ほどの続きをしていいですよ。邪魔してしまってすみませんね。」


ひらひらと手を降って茂みへ消えていく弥勒。


「押し倒すなよ犬夜叉。」


残されたかごめと犬夜叉の真っ赤な顔を、昇り始めた朝日が照らしていた。






妖犬なのに積極性に欠けてます笑

大人しい感じもありか?なんて書いたものです。

今度書くときはバリバリ…ね!←

お読みいただきありがとうございました!

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